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野鳥写真集「小鳥のくる水場~ぞうき林の小さなオアシス~」最終回 #全文公開チャレンジ

武蔵野のぞうき林での小さな水場――人にとってはなんでもない水たまり。でもそこは、野鳥たちにとっての小さなオアシスでした……。季節はやがて寒さ厳しい冬。いよいよ最終回、撮影当時の著者のあとがきも掲載しています、最後までお楽しみください。

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「小鳥のくる水場 ぞうき林の小さなオアシス」

1984年発行
著・平野伸明

過去の回はこちら⇒第1回第2回第3回第4回

冬が来る

 ぞうき林の葉が、かなり落ちました。えさの豊富な、より暖かい地方へと、旅だってゆく鳥たちの数がふえています。あれほどにぎやかだった水場もぞうき林も、ずいぶん静かになりました。

 がらんとした水場に、ツミがやってきました。金色のかがやく目、するどいくちばし。でも、初夏のようなどうもうさは見られません。ツミは、ゆっくりと水をあび、林のおくにとびさっていきました。ツミは、このちかくの林で、冬をこすようです。でも、ツミのように強い鳥でさえ、冬をのりきるのは、たいへんなのでしょう。

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▲初冬の午後、水あびをするツミのメス
水場には、3か月間に2回、やってきただけでした。このあたりに、かなり広いなわばりをもち、えものをさがしているようです。(12月12日)

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▲水場につどうツグミ、カシラダカ、シメ、ヒヨドリ
日のかたむきかけた水場は、本格的な冬にむかうまえの最後のにぎわいを見せています。(12月12日)

 12月下旬、寒さがいちだんときびしくなりました。朝の気温も氷点下を記録し、水場の水も、こおってしまうようになりました。カケスやキジバトが、あしをすべらせながら、くちばしで氷をつついていますが、あつい氷は、びくともしません。氷がとけだすのは、水場に日があたりだす、午前11時すぎです。

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▲氷のはった水場で、すっかりこまったようすのカケス(両はし)とキジバト(中)
くちばしでつついたくらいでは、厚い氷はびくともしません。(12月29日)

 そこで、ぼくは、氷のまん中に、あなをあけてやりました。すると、鳥たちは、すかさず集まってきました。なかには、早く水をのみたくて、けんかする小鳥もいるしまつです。「ごめん、ごめん。もういじわるはしないよ。」翌日から、水場につくと、まっさきに水場の氷をわってやるのが、ぼくのしごとになりました。

 ぼくが水場を作った場所は、けっこう人通りのはげしいところです。朝は犬をつれた人、昼はちかくの工場で働く人、夕がたは農家の人が通ります。

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▲水場のよこを、オートバイでいきおいよく走りさる少年たち
鳥たちも、これにはおどろいたことでしょう。(1月1日)

 ぼくは、近所の農家の人たちと、すっかり顔なじみになってしまいました。「まい日まい日、ごくろうさんだねえ。でも、こんな水たまりに、ほんとうに小鳥が来るのかねえ。」「じゃあ、すこしはなれてみましょうか。ほら…。」水場の鳥たちは、人が来れば、にげてしまいますが、また、すぐにもどってきます。

 とはいえ、この水場も、けっして安全な場所とはかぎりません。ぞうき林も、いつ切りはらわれるかわかりません。いつも、不安でいっぱいです。


 年が明けた1月19日、関東平野にも雪がまいはじめました。

 水場には、雪がふりはじめて2時間ほどして、ヒヨドリが1羽、水をのみにきただけです。雪は、はげしいいきおいで、ふってきました。いまごろは、どの鳥たちも、雪がつもるまえにえさを食べておこうと、必死に、ぞうき林でえさをさがしているのでしょう。雪は、1日じゅうふりつづきました。

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▲雪がふりはじめました。雪は、水場をしだいにおおっていきます。ヒヨドリが1羽、水をのみに来ましたが、とても寒そうでした。(1月19日午前9時50分)

 翌日、ぞうき林は、いちめんの銀世界。水場もすっぽり、雪におおわれてしまいました。

 鳥たちはどうしているのでしょう。きょうは、誰もやってきません。しばらくのあいだは、あちこちに雪どけ水があるので、水にはこまらず、うまくやっていけるのでしょう。でも、このふりつもった雪の中で、えさは、どうやってさがすのでしょうか。

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▲水場を埋め尽くした雪
鳥たちのすがたは、もう、どこにもありません……。(1月19日午後3時)

 水、氷、雪、食べもの……。自然のなかで生きる鳥たちの生活は、ぼくが考えていたいじょうに、きびしいものでした。また、水場をつくり、その観察をとおして、たくさんのことを学ぶことができました。こんな小さな林にも、たくさんの生きものが、せいいっぱい生きていること、その世界にも、強者と弱者のおきてが、きちんと存在していること、そして、ぞうき林と水は、人にも鳥にも、ひじょうにたいせつなものであること――。

 ぼくは、水場から帰るとちゅうの雪道で、いっしょうけんめいにえさをさがす、1羽のツグミに出会いました。「いろいろ教えてくれてありがとう。あとすこし、冬をのりきれば、きみたちにも、まちにまった春がくるよ!」ぼくは、心のなかで、そうよびかけると、そっと雪のぞうき林をあとにしました。


水場の観察をとおして

武蔵野のぞうき林

地図

 この本の舞台となったぼくの水場は、埼玉県入間郡三芳町というところにあります。ここは、東京都と埼玉県にまたがる広大な大地、「武蔵野」の中心ちかくに位置しています。

 武蔵野は、豊かなぞうき林で知られ、人びとに親しまれてきました。でも、この林は、古くから自然にあったわけではありません。人間の手によってつくられた林です。もともとは、関東ローム層という赤土の層におおわれた、あたりいちめんのススキの原野だったといいます。

 人びとが、ここで生活していくためには、防風林にもなり、また、まきや落ち葉も利用できる、林をつくる必要がありました。そこで、木が植えられ、ぞうき林ができたのです。いまから、290年ほどまえのことです。

 いまでは、まきを使う家は、ほとんどなくなりましたが、やはり、ぞうき林は、人々の生活と切りはなせません。近所の農家の人たちは、まい年秋になると、ぞうき林で落ち葉を集める「くずかき」をします。落ち葉は、野菜などを作るための、とてもよいたい肥になります。また、林は、ぼくたちに、新鮮な空気を与えてくれます。そして、なによりも、四季おりおりの美しい変化と、心のやすらぎを与えてくれます。

 もちろん、この本の主役である、鳥たちにとっても、生活のよりどころとして、たいへん重要です。

 でも、そういったことも、ぞうき林があまり身近にありすぎて、つい見すごされてしまっているのかもしれません。

水場が教えてくれたこと

 ぼくの水場は、けっして、自然環境にめぐまれたところにあるとはいえません。まわりには、家や工場がたちならび、人や車もよく通ります。ですから、このぞうき林をよく知っているぼくも、ふだん歩いているときには、なかなか鳥たちにめぐりあえません。

 ところが、水場を作り、ブラインドにかくれて、じっと静かにまっていると、1羽また1羽と、鳥たちのほうからちかづいてくるのです。いつもは、遠くから双眼鏡でながめるだけの鳥たちが、すぐ目のまえにやってきてくれたときなどは、もうすっかり、鳥たちと友だち気分です。また、じっくり観察できるため、ぼくの知らなかった、おもしろい行動を教えられることもあります。

 観察をとおして、ぼくの気がついたことをすこしあげてみます。

●鳥たちは、種類がちがっても、通じあえる共通語をもっていること

鳥たちは、ふつう種類によって、ちがう鳴きかたをします。でも、危険を感じたときに、発する鳴き声などは、共通なのです。人間も、「キャー」とか「ワァー」とかいうさけび声は、どこの国でも共通でしょう。

それとおなじように、たとえば、シジュウカラが「ツーツーピー」と警戒音を発すると、まわりのオナガやヒヨドリも、すばやく反応するのです。おたがいに、情報を教えあうということは、鳥たちの生きていく知恵なのでしょう。

●留鳥(1年じゅう、ほぼおなじ場所にいる鳥)は、秋や冬も、ペアで行動しているものが多いこと

春から初夏にかけては、多くの鳥がたまごをうみ、ヒナをそだてます。ですから、オスとメスのペアが多く見られます。秋から冬にかけては、ペアは、あまり見られません。

でも、今回の観察では、秋の水場にも、多くのペアを見つけました。ヒヨドリ、ムクドリ、メジロなどは、かならずペアで水場にあらわれます。オナガやシジュウカラなど、秋にはむれをつくっている鳥たちのなかにも、ペアがまじっているようでした。

 いちどきずいた夫婦のきずなを守っていけば、きびしい冬場も、協力してのりきれるでしょう。それに、繁殖活動にもよい結果につながっていくのではないでしょうか。


 ツミが水場にとんできてくれたことも、大収穫でした。このあたりにツミがすみ、繁殖しているのを確認したのは、はじめてでした。また、冬もここですごしていることも、はじめてわかったことでした。

 サンコウチョウのあざやかなダイビングも、わすれられません。じっくりと見る機会の少ない、カケスやシメ、ビンズイたちの行動のようすや、アカゲラやアオゲラの、めずらしい水あびすがたを見られたことも、貴重な体験です。みな、ぞうき林と水場があったからこそ、見ることができたのです。

 でも、身近に鳥たちに会うおとは、そうむずかしいことではありません。

水場を作ってみませんか?

 家のにわでも、水とえさ、それに鳥たちに対するちょっとした心くばりがあれば、ちゃんと鳥たちを呼ぶことができます。ぼくの家も、まわりが住宅で、にわも広くありません。でも、水とえさをまい日やり、ねこなどにおそわれないように、えさ台を高くし、にげこみ用に、小枝をつんだやぶを作ってやることで、この冬も、ツグミ、ヒヨドリ、ウグイス、スズメの4種類が、毎日やってきました。

 たとえ、種類は少なくても、鳥たちが、自分のまいたえさをついばみ、用意した水をのんでくれると、とてもうれしいものです。そこは、自分だけの、りっぱなフィールド、観察の場所になるのです。

減りつつあるぞうき林

 ぞうき林に春がすぎ、初夏のかおりが広がるころには、昆虫の王者カブトムシやクワガタムシが登場します。ぞうき林は、朝早くから夕がたまで、人間の子どもたちのかん声でつつまれます。

 しかし、いま、ぞうき林は、確実に減りつづけています。いちど切りたおされたぞうき林を、もとにもどすのは、むずかしいことです。鳥たちはもちろん、人間にとっても、貴重な財産であるぞうき林を、守り、つぎの世代に伝えていくのおは、ぼくたちに与えられた、大きな課題であるような気がします。

 ぼくは、これからも、カメラを通して、ぞうき林を見つめていくつもりです。この本を読んでくれたみなさんが、ひとりでも多く、身近な自然に関心をもってくれれば……と思っています。

 最後になりましたが、ぼくをあたたくはげまし、水場にくる鳥たちのすがたを、本にまとめあげる機会をあたえてくださった、アニマ編集部のみなさまに心から感謝いたします。また、公私ともにおせわになっている、武蔵野野鳥生態写真研究会のみなさま、山梨の自然写真愛好会のみなさまにも、心からお礼を申し上げます。そして、いままでおせわになりました多くの方々にも……。

 ほんとうにありがとうございました。  1984年3月

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▲オナガ

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最後まで読んでくださりありがとうございました!

この本についての著者インタビュー記事はこちら↓


著者紹介:平野 伸明(ひらの・のぶあき)

映像作家。1959年東京生まれ。幼い頃から自然に親しみ、やがて動物カメラマンを志す。23才で動物雑誌「アニマ」で写真家としてデビュー。その後、アフリカやロシア、東南アジアなど世界各地を巡る。38才の頃、動画の撮影を始め、自然映像制作プロダクション「つばめプロ」を主宰。テレビの自然番組や官公庁の自然関係の展示映像などを手がける。

主な著書に「小鳥のくる水場」「優しき猛禽 チョウゲンボウ」(平凡社)、「野鳥記」「手おけのふくろう」「スズメのくらし」(福音館書店)、「身近な鳥の図鑑」(ポプラ社)他。映像ではNHK「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」「さわやか自然百景」や、環境省森吉山野生鳥獣センター、群馬県ぐんま昆虫の森、秋田県大潟村博物館など各館展示映像、他多数。
これまでつばめプロが携わった作品についてはこちらをどうぞ。


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