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6月は「毎日チョウゲンボウ」6/8更新分

※「毎日チョウゲンボウ」は1990年に平凡社より刊行された「チョウゲンボウ(Kestrel)優しき猛禽」をWeb用に再編集したものです。

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午前9時30分、ファインダーから目を離し、カメラの絞りとシャッタースピードを確認する。

少ししてまたファインダーに目を戻すと、思わずドキリとした。いつの間に来ていたのか、狙いを定めていた画面の右はしの枝の根元にちょこんと雌がとまっている。

来てくれたか。

私は左手でゆっくりとレンズのピントリングをまわして、右手でカメラを握りしめた。とにかく不用意な動作は絶対禁物だ。

目の前にいるチョウゲンボウの雌から私が潜んでいるブラインドまで、距離は約5m。目や耳はもちろん、とびきり勘のいい彼らが少しでも何か変だと感じたら、すべては水の泡になってしまう。

慎重に、慎重に。幸いにも雌は私の存在に全く気づかすにのんびりと頭を掻いたり、羽を整えたりしている。時間が10分、20分と過ぎてゆき、私はもうシャッターを押してしまって、この緊張から解き放されたい衝動に駆られてしまった。

もう少しの辛抱だ。今に必ず雄が来る。それまで待つんだ。私は自分に言い聞かせた。

やがて、雌が上空を見上げて、小声で「キッキッキッ……」と鳴きはじめた。空を見つめる雌のつぶらな瞳がキラリと光り輝いた。

来る。雄が来る。

上空に獲物を持った雄がいるのだ。焦るなよ。落ち着け。しかし、私の心臓は激しく高鳴り、カメラを持つ右手が震えはじめた。たのむ、雄よ、早く来てくれ!私は心からそう願った。

「キッキッキッキョリリーキョリリー」

雌の鳴き方が速くなった。頭を下げて、おじぎをしているみたいで、瞬間、画面の左はしに黒い影がよぎった。来た!雄が来た!足に獲物を持って雌の横の枝にとまった。

雄が私のほうを1度睨んだ。しかし、すぐ視線を雌のほうへ移し、獲物のヒバリをしっかりと握り直した。雌はさかんに鳴いて獲物をねだっている。
雄が動き出した。ヒバリをくちばしにくわえ、ゆっくりと雌に近づき、獲物を雌に渡そうとした。今だ!「カシュン、カシュン、カシュン……」

――私は夢中でシャッターを押し続けた。

気がつくとフィルムカウンターは36を過ぎていた。ついに撮った。彼らの求愛行動を。私の目標としていた距離で、レンズで、アングルで、寸分の狂いもなく――。

やったぞ!ついに撮ったぞ!私は小さなブラインドの中で快哉を叫んだ。

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▲その時撮影した写真

チョウゲンボウの求愛給餌

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▲大きな声で雌を呼ぶ雄。足には雌のために捕らえてきた獲物がしっかり握られている

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▲獲物(トカゲ)をくわえて枝にとまる雄

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▲雄が雌に獲物を渡す。
雄の体が雌よりひとまわり小さいのは猛禽類に見られる特徴だ

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▲獲物を受けとって飛びたつ。すぐ近くに雌のお気に入りの食事場がある。

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著者紹介:平野 伸明(ひらの・のぶあき)

映像作家。1959年東京生まれ。幼い頃から自然に親しみ、やがて動物カメラマンを志す。23才で動物雑誌「アニマ」で写真家としてデビュー。その後、アフリカやロシア、東南アジアなど世界各地を巡る。38才の頃、動画の撮影を始め、自然映像制作プロダクション「つばめプロ」を主宰。テレビの自然番組や官公庁の自然関係の展示映像などを手がける。

主な著書に「小鳥のくる水場」「優しき猛禽 チョウゲンボウ」(平凡社)、「野鳥記」「手おけのふくろう」「スズメのくらし」(福音館書店)、「身近な鳥の図鑑」(ポプラ社)他。映像ではNHK「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」「さわやか自然百景」や、環境省森吉山野生鳥獣センター、群馬県ぐんま昆虫の森、秋田県大潟村博物館など各館展示映像、他多数。
→これまでつばめプロが携わった作品についてはこちらをどうぞ。


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