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「   」の魅力を知った一冊で私は沼に叩き込まれた

「ほらよ!」

いきなり担ぎ上げられて、そのまま沼に放り込まれる。抵抗するまもなく頭から落ちた。

そこに沼があることすら、知らなかったというのに。

司馬遼太郎が、私を日本史の沼に叩き込んだ。


学生時代、日本史の授業が大嫌いだった。
新任の担当教師は、ひたすら黒板に史実を書き連ねていくだけ。

〇〇年 〜〜が▲▲を起こす___

そこには物語もなければ、人物も見えない。

ただ「そうだったらしい」という史実が並んでいるだけ。

つまらない……
別に鎌倉幕府が何年にできようが、今の生活に関係ないよ……
あ〜、早く世界史の時間にならないかなー。

嫌いな日本史とは反対に、世界史はおじいちゃん先生の話が面白くて大好きだった。古代ローマ帝国の繁栄から、エジプトのファラオの謎など、それこそ私の生活に1ミリどころじゃなく関係ない出来事しか出てこないというのに。

ローマ皇帝で最も名前が長い「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」のフルネームですら、ばっちり暗記していた。おじいちゃん先生は、話がうまかった。そこにいるはずのない歴史上の偉人に想像力を掻き立てられてずっと話を聞いていたくなる。

そんな日本史嫌いだった私がどうしてその本を手に取ったのか。
きっかけは覚えてない。

司馬遼太郎のことは知っていた。
『龍馬がゆく』の作者。
それくらいの認識。

とにもかくにも手に取った『燃えよ剣』を。

薬の行商をしながら、本物の武士になることを夢見る青年がそこには居た。
バラガキなのに、ちょっと繊細。

ちゃんと生きてる。

なに、これ。

史実を元にしていても、もちろんフィクションだってわかってる。

それでも、歴史上の人物の息吹をこんなにいきいきと感じたのははじめてだった。

土方歳三の一生を夢中で追いかけた。
ページをめくりながら、一緒に武士になることを夢見て、仲間と出会い、戦って、戦って、死ぬまでを見届けた。

確かにそこに居た。

五稜郭のシーンで「歳三は、死んだ。」の文字が目に飛び込んできた。
その生き様にふさわしい、いさぎよすぎる一文に痺れる。

と同時に、強制的に沼に叩き込まれた。

ああ、歴史小説ってその人の生き様を追うことができるのか。

史実を元に「あったかもしれない出来事」を追体験できる。
それはもちろん、フィクションかもしれない。
でも誰にも「絶対に違う」とは言い切れない。

この「絶対にない」と言い切れない「余白」に魅了されてしまった。

物語の面白さの原因のひとつは「余白」だと思う。
その「余白」を生まれてはじめて意識したのが『燃えよ剣』だった。

とにかく司馬遼太郎の描く、結構ダメなとこもあって人間くさい「土方歳三」に魅了されてしまった。

日本史に興味を持たせてくれたきっかけの一冊。

今日は書く部のお題から「本好きになったきっかけ、あなたの始まりの一冊」を。

始まりの一冊はいろいろあったけれど、間違いなく沼に落とされた一冊を挙げるなら『燃えよ剣』。
大河ドラマを楽しめるようになったのも、歴史物の映画が好きになったのも司馬遼太郎先生のおかげ。

あぁ、沼の中、最高すぎる。

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