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緊急避妊薬が手に入りやすくなると、安全でない性行為が増えるか?

A. 増えないでしょう。世界保健機関 (WHO) は、様々な研究結果から、レボノルゲストレル系緊急避妊薬(日本で認可されている緊急避妊薬はレボノルゲストレル系のみ。以下、緊急避妊薬)の入手を容易にしても、性的もしくは妊娠のリスクのある行為の増加や、性感染症のリスクの増加は起きないという見解を示しています (WHO, 2010)。これは大人だけでなく、青少年の性行動にも当てはまります。

とはいえ、直感的に「緊急避妊薬が手に入ると、『最悪緊急避妊薬に頼ればよい』と思って避妊を怠る人が増える。コンドームなどを使わなくなるので性感染症患者も増える。」と思う人は多いのではないでしょうか。WHOがそう言っているとはいえ、引用している研究を理解できないと納得できないという人もいるかもしれません。その研究の一つを簡単に解説したいと思います。

緊急避妊薬へのアクセス向上が若い青少年に与える影響
Harper CC, Cheong M, Rocca CH, Darney PD, Raine TR. The effect of increased access to emergency contraception among young adolescents. Obstet Gynecol. 2005 Sep;106(3):483-91. doi: 10.1097/01.AOG.0000174000.37962.a1. PMID: 16135577.

目的:この論文が発表される前から、緊急避妊薬を入手しやすくした場合の行動変容について、ランダム化比較実験を用いて研究がされ、ハイリスクな行動は増加しないという結果が示されてきました。しかし、これらの先行研究では、年齢別に行動変容の傾向に違いがあるかという分析はされていませんでした。2003年に緊急避妊薬のOTC化の申請がされた際、アメリカ食品医薬品局が「若年層の使用に関する研究データがない」という理由でOTC化を却下したという政治的背景もあり、緊急避妊薬へのアクセスを良くした場合、若年層がどのようにふるまうかという分析がこの論文では行われました。

方法: 年齢層別に、ランダム化比較試験のデータを分割表と統計分析で評価しました。
※ランダム化比較試験とは

サンプル: すでに発表されていた緊急避妊薬の入手のしやすさに関するランダム化比較試験のデータを用いました。サンプルサイズは2117でした。このうち、964人(46%)が青少年で、90人(4%)が16歳未満でした。参加者は、2001年から2003年の間にサンフランシスコ・ベイエリアの4つの診療所から募集されました。妊娠しておらず、妊娠を希望しない女性が対象者でした。経口避妊薬、コンドームなどの避妊・性感染症対策をしている人も、対策をしていない人も対象でしたが、緊急避妊薬の処方を求めて来院した人や、過去3日間に避妊をせずに性行為をした人は対象外でした。

割り当て:まず、参加者は、ランダムに3つのグループに割り当てられました。
グループ 1. 処方箋なしで病院近くの薬局で無料で入手できる。
グループ 2. 事前に3パック得る。
グループ 3. 現行通り、受診して、処方箋を得たら入手できる(対照群)
※当時、処方されるのにはどのような基準があったのか、どれくらいの値段だったのかはこの論文からはわかりませんでした。このランダム化比較試験のもとの論文には書いてあるかもしれません。どのような基準、値段があったとしても、グループ1.と、グループ2のほうが入手しやすいことには変わりはないので、「入手しやすいグループ」と「現行グループ」を比較するこの研究方法を揺るがすものではないかと思います。

データ収集:
そして、実験開始時と半年後に、被験者の性的行動について研究補佐達がアンケートを取り、妊娠と性感染症検査をしました。実験終了時は、半年間に妊娠や性感染症感染の診療録があったかどうかも確認しました。

分析方法:分割表と、ロジスティック回帰分析によって介入が16歳未満の青少年、16-17歳の青少年、18-19歳の青少年たちそれぞれのリスク行動にどのような影響を与えたのか、計測しました。

仮説:緊急避妊薬が入手しやすくなった場合の行動変容の傾向について、大人と青少年では違いは見られない。
結果:半年後の調査によると、同じ年齢層において、「性行為中に一貫してコンドームを使っていたか」、「2人以上の性的パートナーがいたか」、「性感染症に感染したか」、「妊娠したか」、という指標に関して、各グループの結果には有意な差はなかった。また、16歳未満の青少年の反応と、他の年齢層の反応に違いはなかった。
青少年の緊急避妊薬の使用率は事前配布組の方が、受診組と比べて高かったが、薬局組と受診組では有意な差はなかった (薬局組 30%; 事前配布組 44%; 受診組 29%)。この傾向は大人と変わらなかった。

結論: 緊急避妊薬を入手・使用しやすかった若年層は、緊急避妊薬が必要となった際に使用し、通常の避妊方法をやめたり、積極的に性的にリスクの高い行動をすることはありませんでした。 

いかがでしょうか。

個人的には、研究補佐からのアンケート調査で性的行動について調べた場合、自分を良く見せたいという意識から、安全でない性行為について正直に言わない人もいるのではないか、と思いました。データから自己申告バイアスを除去する手法があれば、更に説得力が増しそうです。一方で、診療歴や半年後の検査といった、客観性が高いデータを分析した際も容易にアクセスできたグループと、受診が必要だったグループでは傾向に違いが見られなかったとしていることから、研究結果の信頼性は高いと感じます。

青少年が緊急避妊薬が入手しやすくなっても、通常の避妊をやめたり、性感染症感染リスクが高い行動をとるという結果は無いようです。このような研究を踏まえて、日本でもOTC化の検討が進んでほしいと思います。

参考 1:アンケート内容一部

妊娠や性的リスクのある行動について(実験開始時と半年後共通)

  • 避妊をせずに妊娠の可能性のある性行為をしているか

  • 性交時に一貫してコンドームを使用しているか

  • 性的パートナーが二人以上いるか

緊急避妊薬の使用について(半年後)

  • 緊急避妊薬を使用したか

  • 緊急避妊薬を複数回使用したか

  • 2回目のピルを服用したか (当時のピルは、2錠分けて飲む必要があった。若年層がこのガイドラインに沿って行動できないのではないかという疑念もOTC化の歯止めになっていた。

参考
Harper CC, Cheong M, Rocca CH, Darney PD, Raine TR. The effect of increased access to emergency contraception among young adolescents. Obstet Gynecol. 2005 Sep;106(3):483-91. doi: 10.1097/01.AOG.0000174000.37962.a1. PMID: 16135577.

WHO. WHO Fact sheet on the safety of levonorgestrel-alone emergency contraceptive pills (LNG ECPs). 2010.  https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/70210/WHO_RHR_HRP_10.06_eng.pdf;jses sionid=82F64572D540F4225F47047B144CE6D6?sequence=1

緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト. 「緊急避妊薬ファクトチェック」. 2021年9月. Factcheck202109.pdf (kinkyuhinin.jp)


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