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第120回「読書のすすめの落語のすすめ」ありがとうございました

11/8 昨晩、
10周年記念 第120回「読書のすすめの落語のすすめ」、会場に足をお運びいただきました皆様、Zoomでご参加の方、誠にありがとうございました。

江戸川区 篠崎「読書のすすめ」での毎月一回の落語会「読書のすすめの落語のすすめ」、

三遊亭神楽師匠と兄弟子の三遊亭全楽師匠をお招きしての二人会で、ちょうど今回で120回、10年の節目となりました。

都営新宿線お隣、瑞江の「とんかつ二条」さんより三遊亭神楽師匠をご紹介いただき、2013年の12月に「読書にすすめの落語のすすめ」は産声を上げました。

スタート時、お客様にはブルーシートに座布団を敷きお座りいただき、師匠方には三本足の丸テーブルの不安定な高座で、ご不便をおかけしました。

時を経て、4本足のガッチリとした机を高座に、ブルーシートに座布団はパイプ椅子に変遷。

コロナ禍の時代に、Zoomでご参加いただける形を導入、

同じ頃、落語に馴染みのない方にも敷居を低くと、「落語なぜなに質問コーナー」をもうけ、師匠方にお答えいただいて、落語の舞台裏がかいま見える話や、落語の味わいが深まる話、師匠方の人間味が全開のコーナーで、「読書のすすめの落語のすすめ」の目玉となっています。

そして、ここ数年、トリーマン(鳥居さん)による素朴なあたたかいMCのアコーディオン演奏が、前座として注目されています。

トリーマンショウ

スタート当時は、落語の前の準備体操として、私の“歌”と“空手体操”を皆さんにご一緒していただいていました。

時の流れとともに、惜しまれながらこのコーナーは時の彼方に、新たにトリーマンがアコーディオンの翼で飛来して降り立ちました。

それから、会場「読書のすすめ」私からの本のオススメコーナーがありますが、落語好きの清水店長に高座で、旬な本のオススメをしていただくという、レアな企画があった時期もしばらくありました。

ということで、「読書のすすめの落語のすすめ」の10年の歴史は語り尽くせませんが、

いろいろなお客様が入れ替わり立ち替わり、いろいろ会の形も変えながら、三遊亭全楽師匠は120回の内スケジュールの都合で2回お休み、三遊亭神楽師匠には全回パーフェクトでご出演いただきました。

そして、三遊亭神楽師匠は、この落語会での出逢いによってご成婚という人生の祝福の訪れも、「読書のすすめの落語のすすめ」の
嬉しい歴史です。

今回、10年の節目として、また記念の会に、初心にかえり、スタート時の私の歌と体操を復活!!皆様にご一緒していただき身体を動かしました。ありがとうございました。

落語の前の空手体操「善心道の歌」


三遊亭全楽師匠の一席『錦の袈裟』


三遊亭神楽師匠の一席『強情灸』

師匠方にも、10年を振り返っていただくお話をマクラでうかがいました。

その師匠方の熱と人間味と、足を運んで下さるお客様方の熱情とが、「読書のすすめ」という場所で一つになって、

利益や巧利や利便を求めて偏っている社会の、その目に見えない壁を突き抜けて行く力となって、立ち上がってくるのを感じます。

スピード化社会の、仕事や生活に追われる日常で、そのルーティンから外れた、目的や功利のない、ただ笑いに行く場で、

ユーモアが響く心、人情が沁みる心、何にでも面白味を覚える心、

そうしたものを育んでくれる場だと思います。

利益や巧利や利便の上っ面の人間性の奥にある“義理人情”を、人としての正しさと人としての道の“義理”を、通い合う温かな心の“人情”を、

そうしたものを太く育ててくれる場と感じています。


垣根がなさすぎる懇親会

こうしたことを言葉で言うのは野暮ですが、目的を言うの粋とは言えませんが、

一筋の灯りのような温もりを、皆様と共感共有の私の実感が、「読書のすすめの落語のすすめ」を続けてこられた原動力です。

私の力不足で、お客様が10人にも満たないことも多く、師匠方にはいつも心苦しいのですが、

これからも末長く続けて参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

次回は、12月13日(水)19:30~
新年は、1月10日(水)19:30~

リアル会場&オンラインZoomで、
皆様のお越しをお待ちしております。

「読書のすすめの落語のすすめ」
https://note.com/tsubaki3103/m/mde19e3b06f83

「読書のすすめ」は、
時代が変わっても変わらない大事なものを、歴史や先人が伝えてくれる“縦糸の読書”をオススメしていますが、
https://dokusume.shop-pro.jp/

今回は、「読書のすすめ」私から『神の数学』をご紹介させていただきました。
https://dokusume.shop-pro.jp/?pid=177729932

神の数学とは、この世界の理法です。
私たち人間は、身びいきのエゴのバイアスがかかって、その理法が見えなくなっています。
神の数学に気づいていこう、というもの。

「則天去私」という、晩年の夏目漱石が理想とした心境です。

落語の世界も、そういう世界観ですね。


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