マガジンのカバー画像

ラクガキストつあおのアートノート

60
美術ジャーナリスト兼ラクガキストつあおの、展覧会取材・鑑賞等の記録です。愚考も入ることがあります。
運営しているクリエイター

記事一覧

名画を所有するとはどういうことか?〜アーティゾン美術館「空間と作品」展

「美術品は美術館で見るもの」ということが常識になっている近年の事情はさておき、いにしえの時代においては、美術品は美術館で展示されるためのものではなかった。美術品は教会・寺院などの宗教施設や王侯貴族の邸宅に存在した時代を経ていつしか市民の家の壁を彩り、その暮らしの中で愛でられるようになった。つまり、人々の日常的な空間にあるのが当たり前のものになっていたのだ。それゆえ、毎日目にする住人にとって美術品は、普段は空気のような存在だったとも考えられる。しかし、素晴らしき作品は、その空気

京都・神護寺の至宝の数々に触れて空海の世界に身を浴す@東京国立博物館平成館

空海ゆかりの古刹、京都・神護寺が創建1200年を迎えたことを記念し、東京国立博物館 平成館で「創建1200年記念 特別展『神護寺ーー空海と真言密教の始まり』」が開催されている。神護寺が所蔵する仏像、絵画、工芸品などを展示し、空海が日本に伝えた真言密教の世界を深く掘り下げた企画展だ。 空海の思想と芸術が花開いた神護寺 神護寺の前身である高雄山寺は、空海が唐から帰国した後に真言密教の根本道場とした寺院という。 特に注目すべきは、近年修復された国宝《両界曼荼羅(高雄曼荼羅)》

和傘の美しさが映える昭和初期の雨の京都

京都市の星野画廊で開かれている「失われた風景・懐かしい光景」展で、前田荻邨(てきそん)という日本画家の《出町の緑雨》を見る機会を得た。無名画家が描いた雨の情景だが、清々しい作品だ。 描かれているのは、昭和初期の京都・出町柳の風景。和傘の美しさが際立っている。画家は、和傘を描きたかったから、わざわざ雨の風景を描いたのかもしれないとさえ思わせる。路面の雨の描写も美しい。日本画家も西洋の表現法を研究した時代だったが、水の反射を巧みに描いた成果は、写実性の視点から見ても、かなりイケ

新時代の日本画を見定めるのは可能か

上野の森美術館(東京・上野)で6月4日まで開催中の「第9回 東山魁夷記念 日経日本画大賞」展。選考結果を、大変興味深く受け止めた。 ともすれば保守的になりかねない日本画の表現を、若い作家たちはどう切り開いているのかを知りたい。はたして新時代の日本画を見定めるのは可能か。そんな期待を持って、3年に一度、作家・作品の顕彰を続けているこの展覧会に出かけた。 大賞を受賞した村山春菜は日展に所属する。日展といえば保守の象徴というのが筆者の認識だ。その中で若手作家がどんな作風を展開し

秋田で踊る画家の「日常」を描いた木炭画がVOCA賞@上野の森美術館

VOCA展2024(上野の森美術館、3月30日まで)でVOCA賞を受賞した大東忍(だいとう・しのぶ)さんの《風景の拍子》は、4m近い横幅の画面に木炭のみで描いた作品だ。 木炭はデッサンで使う画材というイメージがある。あえて木炭のみで描いた絵画の魅力はどのように創出されたのか。プレス内覧会で大東さんに話を聞く中で、考えを巡らせてみた。 秋田の日常の夜を描いたという。大東さんが日々暮らしている近くの風景だ。ただし、実景のある瞬間を捉えたわけではなく、たくさんのスケッチや写真を組

「今蕭白」が描いた龍に注目〜静嘉堂@丸の内「ハッピー龍イヤー!」

静嘉堂@丸の内(東京・丸の内)の企画展「ハッピー龍(リュウ)イヤー! 〜絵画・工芸の龍を楽しむ〜」のプレス内覧会に参加した(2023年12月25日)。タイトルからもわかるように、本展は、2024年の干支にちなんで「龍」をモチーフにした作品を集めた企画展だ。出品作品は、静嘉堂文庫美術館の館蔵品のみで構成されている。本記事では、美術品を通して龍と向き合うことの楽しさ・面白さを少しでも伝えられればと思う。 インド・中国・日本の神が融合 そもそも「龍」は古い時代から中国や日本の美

土偶を読むを読むを読む〜「土偶=植物」という新説を巡る攻防

2023年に出版された書籍を回顧する中で、ぜひ挙げておきたい1冊がある。望月昭秀編著『土偶を読むを読む』(文学通信、2023年4月、以下「望月本」とする)だ。 単刀直入に言えば、2021年4月に晶文社から刊行された竹倉史人著『土偶を読む』(以下「竹倉本」とする)で書かれた新説の内容を丁寧に吟味し、誤謬を解き明かした書籍である。 新説は実証的な検証のもとで概ね否定 「竹倉本」では、土偶は人間、特に女性をかたどったものであるという通説を覆す内容が話題を呼んだ。たとえば中空土

アーカイヴに見る1970年大阪万博のインパクト

勝見は1970年の大阪万博全体のデザインに大きく関わり、秋山は一部のパヴィリオンで現代音楽のプロデュースに深く関わった人物である。戦後日本の高度経済成長を象徴する大イベントとなった同万博の一側面を見せるこの展示では、デザインや現代音楽が当時の社会の中でどんな存在感やインパクトを持っていたのかを垣間見ることができた。 ピクトグラムの利用を推進した勝見勝 勝見勝は、第二次世界大戦後の日本で日英併記の季刊雑誌『グラフィックデザイン』を創刊するなど、日本のデザイン界を牽引する評論

葛飾応為の肉筆浮世絵に見る女性画家の革新@太田記念美術館

葛飾北斎の娘で、江戸末期の女性画家として知られている葛飾応為(かつしか・おうい、生没年不詳)の肉筆画《吉原格子先之図》が、所蔵元の太田記念美術館(東京・原宿)で開かれている『葛飾応為「吉原格子先之図」 ―肉筆画の魅力』展(11月26日まで)に出品されている。同館によると、コロナ禍を挟んで3年半ぶりの公開という。 シルエットの男たちは「闇」の象徴か この作品には実に様々な魅力がある。列挙してみた。 ・現代の目で見ても、明暗の描き分けが斬新。 ・吉原を題材にしつつ、遊女をクロ

その虎はやはり猫だった! 特別展「長沢芦雪」@大阪中之島美術館レビュー

江戸時代中期の画家、長沢芦雪(1754〜99年)が描いた虎は、実に魅力的である。大阪中之島美術館で開かれている「特別展 生誕270年 長沢芦雪 ー奇想の旅、天才絵師の全貌ー」を訪れて、芦雪が数多描いた「奇想」を見た。そのレビューを記しておきたい。 応挙ゆずりの動物愛 和歌山・無量寺蔵の《虎図襖》が、11月5日までの前期展示で出品されている(※)。襖の上下いっぱいを使って大きく描かれた虎の、画面から飛び出さんばかりの躍動的な表現が特徴的な作品だ。 ※本記事に写真を掲載した

自然光で日高理恵子の「空」を見る

 家村ゼミ展2023『空間に、自然光だけで、日高理恵子の絵画を置く』が、多摩美術大学八王子キャンパスのアートテークギャラリーで開催されている。展覧会名のごとく、人工照明を用いずに絵画を自然光のみによって見せている。同ギャラリーの4つの部屋に展示されている日高理恵子の作品は計5点。それぞれに、異なる姿の樹木が描かれている。同ギャラリーにある複数の大きなガラス窓からの採光の下で、それらの絵は空間に溶け込んだかのように存在し、自然の美しさを放っているようにも感じられた。  201

卵と身体で生を確かめる ソー・ソウエンのパフォーマンス@√K Contemporary

美術家ソー・ソウエン(Soh Souen)のパフォーマンスがクールだ。 ソーは普段、身体と壁や樹木などの間に生卵をはさむパフォーマンスを一人で演じている。ただはさむだけではない。あるときには4時間、あるときには10時間はさみ続けているという。「常軌を逸している」との思いが胸の内と外を去来する。一方で、「それは何のためにやっているのか?」とも思う。東京・神楽坂のギャラリー、√K Contemporaryで個展が開かれると知り、確認に出かけた。 9月15日に同ギャラリーで開か

壺の上に壺の絵を描いたピカソの遊び心@ヨックモックミュージアム

東京・青山のヨックモックミュージアムで開かれている『ピカソのセラミック-モダンに触れる』展、会期は9/24まで。 ピカソ独特の作風の絵を陶芸という立体作品の中で表現しているわけですが、器の形を生かした描写、とても気が効いているのです。立体を解体して再構成することで前代未聞の独自の画風としたキュビスムの作家が、その絵を立体に施す、つまり立体に戻すこと自体にも、なんとも言えない面白みがあります。 壺の上に壺の絵を描くとか、くびれのある花瓶に裸婦の絵を描くとか、なんだかとっても

フランスにこんなに暗い絵があったとは! ブルターニュ展@国立西洋美術館で「黒の一団」の絵を見る

国立西洋美術館で開かれている企画展「憧憬の地 ブルターニュ モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷」は、フランスのブルターニュ地方という地域をテーマにした企画だ。フランスはモネ、ルノワール、ゴッホらをはじめとする多くの偉才を生んだり育てたりしてきたが、特に19世紀以降は鉄道網が整備されたことなどから、移動が盛んになった。 ブルターニュ地方はフランス北西部にあり、半島を成して海に面している。19〜20世紀前半にはモネ、シニャック、ゴーガン、さらには黒田清輝など、多くの画家がこの