妥協なき木版画の巨人・吉田博✨繊細な美を支えた剛健な生きざまが魅力!
吉田博は絵を描く山男。つあおは木版画で表現した清々しさで「心まで清らかになる!」と言います。まいこは、その吉田博が海を描いた作品の美しさに見惚れ、あのダイアナ妃が持っていたということでも感無量に。東京都美術館の「没後70年 吉田博展」を楽しみました。
つあお たわくし、吉田博の作品をこんなにたくさん見たのは、今回が初めてなんです。ただ、サザビーズやクリスティーズのオークションカタログではたまに見てました。だから、海外で売れてる作家なのかな? という認識だった。オークションカタログでは、山の風景が清々しくて印象的だったなぁ。
まいこ 私は以前損保ジャパン日本興亜美術館(現SOMPO美術館)でまとめて見る機会があって、「ああ、素晴らしい人がいるんだなぁ」と思ってました!
つあお そうだったのか。いいなぁ。今回実物をじっくり見て特に新鮮だったのは、海外の風景。たとえばヨーロッパのマッターホルン。これ、なかなか心が清らかになるような表現をされていると思うんですよ。
吉田博《欧州シリーズ マタホルン山 夜》《欧州シリーズ マタホルン山》(1925年)展示風景
まいこ 本当ですね。ヨーロッパの猛々しい山にはコントラストの強い写真のイメージがありますが、吉田の表現はすごくやわらかい。
つあお 実物を見て改めて思ったのは、やはり木版画の味わいでしょうか。ちょっと淡いのがいい。山の風景をすごく親しみやすいものにしているんじゃないかと思います。
まいこ 確かに! 油絵だったら、もっとごっつい感じになるかも!
つあお 本当は山って厳しいところですよね。吉田は日本山岳画協会という、山の絵を描く画家の団体の創立にもかかわっていたそうです。以前たわくしは、この協会の画家さんを取材したことがあって、そこでも吉田のことを聞いていました。
まいこ へぇ! そんな協会があるんですね。取材したのはいつ頃ですか?
つあお 15年くらい前だったなか? その時に会ったのは現役の画家さんで、自ら登山して絵を描く人だった。その方が描いていたのは、目が覚めるような鮮烈な油彩画でした。そして吉田も山が大好きで、やはり登山をして描いていたのだそうです。吉田は次男にも「穂高」という山の名前をつけているほど山好きだったんです。いつの時代にも、山好きな画家っているんですね。
まいこ 山の絵を描く絵かきさんだけで協会ができているって、何だかすごい! やはり山のロマンを描きたくなるんでしょうね。
つあお 日本山岳画協会は創立が1936年。戦前です。登山の感興を何かの形で残したいとか人に伝えたいって思うことはあるに違いない。今ならいい景色はスマホで簡単に撮れる。当時、絵心がある人は絵を描く道具を持って登山した! こう考えれば、協会ができるくらいたくさんの画家がいたとしても不思議じゃないかも!
まいこ マッターホルンは、まさに絵になる形! 今でこそメジャーなリゾート地ですが、当時は結構旅行代も時間もかかったのでは? とはいっても、吉田のほかの絵を見ると、かなりアクティブに国内外の山岳地帯や険しい場所に出かけているみたいですね。やっぱりものすごく山好きだったのですね。とても体力があった方なのだなとも思いました。
つあお ですよね。ところで、マッターホルンの作品には同じ構図で昼の風景と夜の風景がある。これ、すごく面白い。フランスのモネが時々油彩画でやっている手法ですが、同じモチーフを時間を違えて描く。異なる光を木版画で見事に活写してる! 木版画で同じ版を使うと、100%同じ構図で違う作品ができる。これはすごくいいアイデアだなぁ。
まいこ そうですよね! 私の胸に特に響いたのは、夜の風景です。昼との対比がすごく面白い!
つあお 現場でスケッチをしているのは、たとえば夕方みたいなどこかの決まった時間帯だと思うのだけど、登山の現場では、同じ場所で夜を過ごすこともあるのかもしれない。そこで異なる時間帯の光を表現しようと考えるのは自然な発想といえそう。色づかいのセンスも抜群です!
まいこ 少しでも光があると、実際の風景には色味のグラデーションがあると思うのですが、夜の闇はそれを消す。吉田の夜の作品でも、特定の色が消えている感じがする。
つあお なるほど。結構惜しげもなくいろいろ消してるかも。
まいこ そこが、モネなどとは違うところですかね〜
つあお 吉田の作品は、空気感の表現も絶妙ですね。それも油彩画とは違った木版画の味わい。吉田はアメリカで絵を売るに当たって、油彩画よりも浮世絵のような木版画のほうが売れるからという戦略的な側面が言われます。だけど、おそらくもともと、木版画が表現できる枯れた味わいが好きだったんじゃないかともたわくしは思うんですよね〜。江戸時代、特に幕末の浮世絵版画はもっとコントラストが強いものが多い。吉田は若いころは水彩画が好きだったようだし、木版画を始めたのは49歳。大正昭和の人ですから、当時ならもうすぐ老境。木版画の枯淡!
まいこ 始めたのは遅かったけど、表現追究の徹底ぶりがすごい👀✨ 平均30数度摺(浮世絵は10数度摺くらい)だそう! 気合いが入った《陽明門》という作品では96度摺というのですから!! 目に見えない分子レベルまで描ききっていたのではないかな~。
つあお をを! 顕微鏡で見たくなってきました! だからあれだけ繊細なグラデーションが出るんだ! 納得です。たわくしは、山の空気感のほかに、水の描き方が絶妙だなぁと思うんですよね。たとえば《瀬戸内海集 光る海》という作品。海面の揺らぎがすごくいい。これは、かのダイアナ妃のコレクションにもあったそうですよ!
吉田博《瀬戸内海集 光る海》(1926年)展示風景
ダイアナ妃の右後ろに《瀬戸内海集 光る海》が掛かっていることがわかる展示パネル
まいこ 実は、前回損保ジャパンの吉田展の時に、大好きなダイアナ妃が執務室に飾っていたのを知り、彼が気になる作家としてインプットされていたのです。 今回改めて、自分の部屋の壁にかけたいという気持ちがとってもよ〜くわかりました。ヨットを描いた一連の作品は、本当に美しいですよね! それこそモネのように時間帯を細かく区切っていろいろな光で同じ構図の海と船を描いている! そしてやはり夜の風景が珍しいのですが、まるで白黒写真みたいになっていて、今度は人工の光がきれいに映えている。水面の映り込みにも独特の美しさがあります。
吉田博《瀬戸内海集 帆船》シリーズ(1926年)展示風景
つあお 水の映り込みを描くのってどの画家にとっても難しいと思うんですけど、難しい分すごく楽しんで表現している感じがします。
まいこ 中間色を使ったあたりの表現、本当に目の前で揺れてるみたいですよね! 映り込みで印象的だった作品としては、この富士山もありました。
吉田博《山中湖》(1929年)展示風景
こんなに繊細な作品をたくさん残しているので、物静かで優しい方なのかな~と思っていたのですが、今回意外な一面も明らかに! 当時洋画界で絶大な権力を握っていた黒田清輝とことごとく対立して、ぶん殴ってしまったという逸話があるとか👀✨ 作風とのギャップにドッキリ! 今回すっかり惚れてしまいました~(^^♪
【今日のラクガキ】
Gyoemon作《山男現わる》
娘さんは山男に惚れてはいけま…。Gyoemonはつあおの雅号。
※お断り:本作品は、「没後70年 吉田博展」には出品されておりませんが、ご了承ください。
2021年1月26日〜3月28日、東京都美術館
[同展ウェブサイトより引用]
世界を魅了した日本の木版画があります。洋画家としての素養を持ちながら版画家として新たな境地を切り開いた吉田博(1876~1950年)の木版画です。本展は、吉田博の没後70年にあたる節目に、後半生の大仕事として制作された木版画を一挙公開します。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?