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ポトフ

ポトフとポトス


玉ねぎ、セロリ、にんじん、キャベツ、にんにく、じゃがいも、ローリエの葉。残りもののベーコン数枚。ポトフと白米だけの献立にしてしまいたいから、鶏肉も入れよう。
オリーブオイルを敷いたル・クルーゼからベーコンとにんにくのいい香りが立ってきたら、野菜を切ったそばから放り入れていく。下処理のいる野菜もないし、切り方は雑でいい。順番だって構わない。

しばらく炒める過程も、良い。玉ねぎが透き通っていく様子やセロリの緑が鮮やかに光っていくところ。ローリエの葉から香りが立って、部屋中に広がっていくところ。最後にじゃがいもをごろごろ入れて、水をひたひたに注いだら、あとはル・クルーゼにお任せすればいいので、良い料理道具を選んだ昔の自分に感謝する。

浮いてきたアクをちょんちょんとすくいながら、酒や塩で味を整える。
火力や、食べるタイミングに合わせないといけない炒め料理や揚げ料理では、このゆとりが生まれない。鍋底に火が当たるのを頼もしく眺めながら、優雅に紅茶でも入れてじゃがいもが柔らかくなるのを待つ。

水さえあげれば元気に育ってくれるポトスを眺めながら、材料を水に入れれば美味しくなってくれるポトフを作る。
ああ、両者には可愛い語感だけじゃなくて、他者に手間をかけさせないという共通の美点があるのかもしれない。
こんな無益な発見を喜べるような状態にさせてくれる、無心で料理をする時間が好きだ。

火を消して、ル・クルーゼの重たい蓋を載せる時の安心感。
あとはじわじわ、スープの味が野菜に染み込んでいくのを想像する。


帰る場所


ポトフを食べたくなるのは、金曜日。
日本では金曜日はカレーという家庭が多いと聞いたことがある。
アメリカでも、金曜日はハッピーフライデーという習慣があり、早く仕事を上がって飲みに行ったり、家に人を呼んだりする。
私は体力があと半日分足りないのか、金曜日の夜は一週間で一番、身も心も休ませたいと思ってしまう。
だから金曜日の夕方に、ル・クルーゼの中にポトフがあると思うと安心する。

ポトフに安心感を覚えるのには他にも理由がある。
日本、アメリカはもちろん、チェコでも、インドネシアでもポトフは同じように作れた。きっと他の、行ったことのない国でも、火と鍋があれば、材料も手に入りやすいだろうし、これなら作れるだろう。
帰る場所が定まらない私にとっては、おかしな表現だろうけど、ポトフは帰る場所のひとつだ。

ただし、帰る場所がポトフしかないのでは、心許ない。
香りがぼんやり広がった温かい空気の中で、インタビュー原稿をチェックする。
ポトスのように水だけでも元気でいられるように。
ポトフ以外に帰れる場所を、作れるように。

Makiko


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