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世界で一番、あの子を愛している

中学生の時、「心友」と言い合っていた友達がいた。親友はいたけれど、そのさらに上をいく「心」友。
今考えると最高に寒い。凍える。でもその頃は本当にそう思っていた。

その子は小学生の頃に私をいじめていた。
憎くて彼女を殺してやるとまで思った。最強の不幸が彼女に降りかかればいいと思っていた。
元はと言えば彼女が他のグループでいじめられて、私のいたグループに入ってきたのだ。私のグループはいじめられる子が入ってくる逃げ場で、なんなら私たち初期メンバーはそれでいいと思っていた。

お前が辛そうだから安寧の場所を提供してやったのに、私の安息の地を荒らしてくれるな。でも仕方がない、そういう心の時期なのだろう、と全てを許して全ての不幸を受け入れた。


結局、私のいじめは親が介入して表面上解決、私と彼女はおともだちになった。



中学生になって、彼女はテニス部に入った。私は塾にピアノにと忙しかったので帰宅部だったのだが、今まで顔も知らなかった同じクラスの女の子にいじめられた。
どうやら私にはいじめてしまいたくなる雰囲気があるらしかった。
私のいじめは梅雨の時期から始まっていてなかなかの長期戦だったが、良いか悪いか、私は慣れすぎていたのでどうでもよかった。

それから校庭のイチョウの木がうっすら黄色に色づき始めた頃、彼女がテニス部の同級生の飲み物に洗剤を入れた。
どう解決させたのかは知らないけれど、彼女がいじめられる代わりに、洗剤事件は終息した。

そして、彼女は不登校になった。



ズルくないか。いや、これはズルい。
自分だけ逃げるなんてズルすぎる。死ぬほどムカついた。

私は彼女を学校に来るように説得することにした。電話をかけたり、家に行ったり。彼女は幸い電話に出てくれたし、話してくれた。
そして彼女は少しずつ、笑顔を見せてくれるようになった。

2ヶ月、彼女との秘密の交流が続いた。


「学校に来るのが怖かったら、私がずっと一緒にいてあげる。何か理由があったんだろうって言ってる人もいっぱいいる。それでも怖かったら、保健室にでも図書室にでもどこでも付いていくよ、大丈夫。私はユキちゃんのことが好きだから、大丈夫だよ」


それから彼女は少しずつ学校に来るようになった。
私たちのクラスは隣同士だったけれど、彼女は休み時間のたびに私の席まで来た。私から彼女のクラスに遊びにいくこともあった。昼休みは毎日一緒に図書室に行って、毎日一緒に帰った。
そうするうちに彼女の周りにはひとが増えていって、いつの間にか学年の人気者になった。

かわいいのだ、ユキちゃんは。
陽の人間なのだ、本来。


ずっと繋いでいた彼女の手を、私は離すことにした。
それでも彼女は私のところに足繁く通い、私のことを一番信じている、と口癖のように言っていた。

「もうあなたの周りにはあなたにふさわしい子がたくさんいるから、わざわざ私のところに来なくてもいいんだよ。私は一人には慣れてるから、大丈夫だよ」

私のその言葉を聞いて、彼女は泣いた。そんなこと言わないで、と。今周りにいる子は私が本当に隣にいてほしい子じゃない、辛い時にそばにいてくれたあなたを今度は私が守る、と。


嬉しさで体の奥から震えた。涙が出そうになった。


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作戦が成功した。
私の心をこれでもかと踏みにじったあなたを、心の底から私に縛り付けることができたのだ。

自分がいじめられているのに他のいじめられっ子を助けようだなんてお人好しにも程がある、と言われていた。自分がいじめられているのに他のいじめられっ子を助けようだなんて、と。

お人好しにも程があるのは周りの方だ。
これは、私なりの復讐だったのだから。
それから卒業して全く方向の違う高校に進むまで、お互い違うグループに属していながら、彼女は私にべったりだった。何があっても私の元に戻ってきた。


ふたりを繋いでいたのは、狂った愛だった。



それから10年以上が経った今、彼女とは全く連絡をとっていない。所詮そんなものだろう。


先日たまたま彼女がヘアサロンのモデルをしている写真を見た。
ヘアサロンのページの一番上で、彼女が私を見ていた。
付け焼き刃の憂いた顔で、だらしのない唇で、こちらを睨みつけるには冷たさの足りない目で。

美しいはずの彼女が、全く美しくなかった。


私は思った。
私なら彼女をもっと魅力的な女に撮れる。

彼女の素敵なところは、誰かを簡単に見下せる目や、嘘しか吐かない少し厚い唇、自分にとっていいものだけを嗅ぎ分けることのできる鼻と、絶対に意思を曲げない彼女を体現した眉から成る、どこか彼女の甘さが滲み出たゆるい童顔だ。
さらに彼女はここに写っているよりももっと、もっともっと性格が悪い。最高に悪い。

それが最高にかわいいのだ。

顔を片手で鷲掴んで思い切り撫でたいくらいに、後頭部を捕まえて唇を押し付けたいくらいにかわいい。
嫌がって私を突き放して、ゴミを見るような目で私を見下すであろう彼女も、その目の奥は得体の知れない恐怖に震えているであろう彼女も。そういうところの全てがかわいい。
腹の底がぎゅんとするようなかわいさを、あの子は持っている。


私ならきっと、絶対に、ユキちゃんを世界で一番かわいく撮れる。


撮れないはずがないのだ。

だって、私は。

たのしく生きます