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キューバ旅行記⑥ ビニャーレス 2020.01.22

長距離バスがビニャーレスに到着すると、大勢の人だかりができた。降車する観光客をつかまえては、“Casa?“、”Stay for a night?“と尋ねている。ぼくはなんとかやり過ごし、手近なレストランで急いで昼食を済ませると、そのまま町はずれへと向かった。

何を決めるでもなく、気ままな旅にしようと、“計画がないのが計画“だった今回の行程も一つだけ例外があった。乗馬である。
カリブ海の宝石と謳われた大自然を悠々馬上から眺める、これだけはどうしても叶えたいと、わざわざ事前に予約を済ませていた。


地図を頼りに、目的の住所までたどり着くと、赤いバッファローチェックのシャツにブーツインしたジーンズといったいでたちのガイドがロッキングチェアに腰かけ待っていた。
Plaza Hotelのチェックインがフィルムノワールなら、ここビニャーレスは西部劇か。どこへ行っても、映画のフィルムを切り取ったような情景に突き当たるらしい。


ガイドの先導で馬が待つ牧場まで歩く。彼はなかなか寡黙な男のようで、必要以上に口を開こうとしない。果たして観光ガイドが彼の適職なのかはさて置き、いくら楽しみにしていた乗馬といえども、5時間も彼と二人きりでいるのはいささか不安に思う。会話の糸口をつかもうと、アレコレ質問しながら歩いていく。

「実は宿のチェックインをせずにここに来たんだけども、荷物は預けられるかな?」
「家(House)に置いておけるから、心配ないよ」

牧場までの5分程度の道のりで、思いつく限りの話のネタは出し尽くしてしまったが、いよいよ相棒とご対面すると、そんな心配は綺麗さっぱり消し飛んだ。

逞しい四肢に美しい毛並み、そのやさしげな瞳で自己紹介をしているようだ。
「彼の名前はランチェロって言うんだ。」
瞳で語る相棒を見かねて、寡黙なガイドが彼の代弁をしてくれた。


「じゃあ、出発前に荷物を預かるよ」ガイドはそういって半ばひったくるようにぼくの荷物を手にすると、そのまま我が愛馬ランチェロの鞍に、12キロはあろうかというバックパックを括り付けた。
突然首元に重たい荷物をひっかけられて、相棒の表情がやや曇る。
「え!さっき家(House)に置くって、、!?」
「言ったろ、馬(Horse)に積めるって」
なんてことはない、HouseとHorseを聞き間違えただけの話だったらしい。

「馬はこんなの全然問題ないから、心配いらないよ」
そう言い放つガイドを見るランチェロのまなざしには、どこか恨めしいような感情が浮かんでいた。

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「手綱を引くとブレーキ、緩めると前進、枝で馬の身体を叩けば加速する」
寡黙な男らしく、事前講習は5秒で終了した。

多少の恐怖心を取り除き、慣れるまでやや時間がかかるものの、なるほど彼の言葉を借りれば馬は“セミ=オートマチック”で、駆けるのに難はない。

要所で作物の説明をしてくれたり、こちらの質問には簡潔ながら的確に答えてくれたりと、ガイドは寡黙でも、存外気を遣わずに道中を行くことができた。

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赤土と、草木の緑が午後の日差しを浴びて輝いて見える。
こんなにも気持ちのいい空気は初めて吸った気がする。

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ツアーは、要所要所でタバコ農園や、コーヒー農家などに立ち寄る。
各所で見学を兼ねた休憩と、土産の購入ができるわけだ。もちろん購入は強制ではないが、ここで観光客が使うお金が彼らの生活を助けることにつながることは明白だ。可能な範囲でお金を使うことで、少しでも助けになればと思う。というよりも、葉巻やコーヒーはどれをとっても絶品で、つい買ってしまうのが本当のところだった。


「最後に夕陽がきれいに見えるバーにつれていくよ」
立ち寄ったのは、山間の斜面を見下ろすバー、といったもその実は小屋に近い。
なるほど、ここからなら山の間に沈む西日を正面にとらえることができる。

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「火、持ってる?」

景色に気を取られて気がつかなかったが、どうやら別のツアー客がひとりいたらしい。彼女は初体験の葉巻に多少てこずっている。ぼくは手に持ったモヒートを一度置き、彼女にライターを差し出した。

イタリア出身で、カロリーナと名乗った彼女は、聞けば僕と同じく30歳を迎えようとするところで、自分へのバースデープレゼントとして3週間のキューバ旅行を楽しんでいるところだそうだ。
彼女はデザイナーという職業柄ある程度休みに融通が利くらしいが、そうでなくても欧州からの旅行者は皆2~3週間のバカンスをキューバ滞在に充てているらしい。自分の滞在がおよそ1週間だと伝えると、口に出さずとも彼らは皆一様に、憐みの目で僕をみる。

「こんなに美しく楽しいところに一週間しかいられないなんてかわいそう!」
彼女は、他の観光客と比べると多少遠慮がないらしい。

そんな性格だけに、リズミカルに響くイタリア訛りの英語に、身振り手振りを交えた彼女の様子から、この旅を心から楽しんでいることはしっかり伝わってきたし、ぼくも彼女の意見には全面的に賛成だった。
「いままで色々な国に行って、旅に出るたび新しい土地を選んできたけど、多分このルールを破ることになるわ。絶対に戻ってきたいもの。」
「そうだね。今まで訪れたどの国とも異なるし、敢えて言えば貧しい国だけど、何かぼくが知らなかった豊かさがあるみたい」
並んで夕陽を眺めていると、なんだか会話が感傷味を帯びてくる。


現地の人々との出会いは言うまでもないが、こうして旅行者同士で出会うのもまたかけがえのない価値がある。特にここキューバでは、ネットもなければあまり英語が通じないとあって、旅行者同士を平等に冒険者にしてくれる。彼女に限らず先々で色々な旅行者と会話を交わしたが、なんだかいつも以上に親近感を覚えていたのは、多分そうした理由に依るだろう。


「じゃあ、次は東京か、イタリアで会いましょうね。」
「あるいはキューバでね。」と、ぼく。

「それいいね、さいっこう!」
強めに作られたモヒートもあってか、すっかり上機嫌な彼女はひらひらと手を振りながら馬に揺られて去っていった。
ぼくは、もう少しだけこの場所に残ることにした。

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