大学英語弁論の"Originality"を再考する
序文
近年の大学英語弁論大会では、多くのスピーカーが発表するトピックに関連した個人的な体験 (Personal Experience) を原稿に盛り込むことに力を注いでいます。理由は、多くのスピーカーが原稿内にPersonal Experience (以下P/E) を盛り込むことで、スピーチの独自性 (Originality) を創出できると考えているからです。
しかし、大学英語弁論におけるOriginalityをP/Eの有無のみで判断するのは、弁論のOriginalityを考える上で極めて限られた視点だと言えます。
この記事では、なぜ現在の大学英語弁論が「Originality ≒ 原稿上のP/Eの存在」と言う限定的な視点に陥っているのか、また弁論においてOriginalityを創出できる可能性がどこに存在しているのかについて、順に述べていきます。
なぜ多くのスピーカーがP/E ≒ Originalityの創出と考えるのか
多くの学生がP/E ≒ Originalityの創出と考える理由、それは身もふたもない言い方をすると、P/Eを盛り込むと、スピーチにOriginalityがあると評価するという風潮が存在するからだと言えます。
では、なぜOriginality評価の材料にP/Eが重視される風潮が存在するのでしょうか。要因は種々存在すると考えられますが、私の知る限り、2000年代後半にTEDが流行したり、Toastmastersの社会人会員が多数のESSの英語弁論大会で審査員を務めるようになり、大学英語弁論に影響を与えたことや、それらの影響を受けた一部学生が、後進の学生に対して熱心に"Why you?"に言及したことなどが理由に挙げられます(現在でも"Why you?"の言及に熱心な指導者も多い)。
Toastmastersではさまざまなスピーチが許容されていますが、取り上げられやすいスピーチの特徴についていくつか以下に例に挙げます。
自己紹介や目標設定、挑戦を乗り越えた経験など、スピーカー自身の人生経験や成長について述べる
映画や本、芸術、スポーツなど、ある物事や人物について、スピーカー自身の見解や評価を述べる
ジョークやストーリーテリングなどにより、面白く、楽しい話やエピソードを披露する
こうしたスピーチでは、その多くが個人的な経験をトピックの起点に設定し、story-tellingな手法を用いて内容を伝達し、その構成の中で個別具体的な経験を一般化して聴衆へのメッセージを創出する帰納的手法が用いられます。
P/EがなければOriginalityは生まれないのか?
結論として、必ずしも大学英語弁論では、P/Eを絶対的に重視する必要はないと言えます。言い換えれば、”Why you?”を追求しなくてもOriginalityあるContentsは成立し得るということです。その理由は、大学英語弁論では、社会的な問題や社会的な価値観の転換を目的としたスピーチが許容されており、それらの内容や構成上、さまざまなOriginalityを創出できるポテンシャルを有している点にあります。
例えばTopicやProblemそのものが大多数の聴衆にとって新奇性 (Novelty) の高いものであったり、Analysisが独自の観点から行われていたり、Solution/Suggestionに独自性があれば、それらはそのスピーチのOriginalityに寄与する要素となり得ます。ハイレベルな基準としては、Organizationに独自性があることなども、Originalityを評価する要素となり得ます(これは聴衆に対する内容の伝達可能性と両立するためにテクニックが求められるため、高難度だと言える)。
弁論で実現できるOriginalityについてもう一度再考し、幅広い視点を持つ必要がある
「P/E ≒ Originality創出」という限定的な発想は、本来大学で実施される英語弁論が幅広く持ち得るOriginalityの意義を、発表者の価値観や個性といった限定的なレベルの価値尊重に矮小化しかねません。大学英語弁論では、社会的な問題や社会的な価値観の転換を目的としたスピーチが許容されており、その中で実現し得るOriginalityについては今一度考え直す必要があります。特に英語弁論を評価・審査したり、あるいは指導的立場にある人々は、大学英語弁論の持つポテンシャルを自らの手で限定的なものに再生産しないため、真剣に考えるべき問題です。
現代は個々人の価値観や考えが尊重される時代であり、その中で学生の英語弁論でもP/Eの意義が重視される風潮が生じるのは時代の必然だったと言えるでしょう。しかし安易に"Why you?"を唱えてOriginality創出を導く風潮は、過去の価値観をなぞるだけで、徐々に手垢が付いてきた手法だと言えます。
本来、英語弁論におけるP/Eは、Originality創出のための道具などではありません。英語弁論におけるP/Eは、聴衆がスピーカーの話題に共感できるようにし、その共感性を土台にして、論理的な納得・承服を得るための重要な潤滑剤であることをもう一度念頭に置く必要があります。