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小笠原旅行記 その2

一度出航したら6日は帰ってこれない小笠原への旅。甲板で缶ビールを開ける音とともに、いよいよ始まったのだった。
その1と少し被るが出航のところから書こう。

出航

缶ビールの開栓を出発の合図に岸壁を離れた船は、一旦後進して180度回転し船首を南に向ける。そして静かに進み始める。レインボーブリッジをくぐり、ゲートブリッジを右奥に見送る。この辺は伊豆諸島に行く際にもよく通っているので基本動作的にそれらを見送ってビールを飲む。
あっけなく旅は始まってしまったが、これで約1週間戻って来れないと思うとやり残してきたことはないかなんだか不安になる。これでもちょっと緊張していたのだろう、ビールのペースが早くなってしまい、レインボーブリッジをくぐる頃には2缶目に突入してしまった。

お昼を食べ、しばらく旅行記を書く。途中、隣のテーブルに右翼のおじさんが昼食を食べにやってきた。
第一印象は、腕ふっと!!!だった。私の視界の右端に昼食のトレイを持った腕がまず目に入ったからだが、その後、色くっろ!白髪!おじ(い)さんじゃん!腕ふっと!とその人を認識していった。そして爽やかに快活で、ああこんな歳の取り方って羨ましいなあと思ったりしていたのだった。
そうしたら聞こえてくるのが「国賊朝日が〜」とか「左翼の連中は〜」とかずっとそんな話題ばかりでしばらく目からの情報と耳からの情報が一致せず混乱した。
人の主義主張については特に口を挟むことはないが、「右翼」だろうが「リベラル」だろうがなんでもいいがそれに思考が凝り固まると、たとえば笑いの感覚とかがなんだか自分とずれてきてしまうような気がして、そういうふとした時に溝を感じてそれは悲しいな、と思う。
結局自分の中での「普通」とのずれが笑いになるので、笑いの感覚がずれるということは「普通」がずれてしまったということなのだ。
まあ隣の席のおじさんと普通がずれていたってなんとも思わないが。

腕の太いおじさんの話はここで供養してもう忘れることにしよう。

さて、飯を食っても酒を飲んでもまだ東京湾を出ていない。出航から3時間くらい経っているが、ようやく久里浜あたりだ。そうだ、この便は久里浜に寄港するので、正確にはまだ後戻りができるのだった。ま、何もなかったので普通に久里浜はスルーし、今度こそ6日間戻れなくなる。

船内探検

時刻は15時ころ。ここでちょっと船内を探検してみようと思い辺りを歩き回る。今まで旅行記を書いていた椅子とか展望ラウンジがあるのが7デッキ。一つ上の8デッキは屋上のような形で海風を受けながら休める広い外部デッキがある。うまく風を避けられれば最高の宴会場所になるに違いない(ちなみに今はシート等を敷いての宴会は禁止)。
大体船は上の階のほうが等級の高い部屋で、7デッキの特等・特1等から2デッキの2等和室まで順番に配置されている。ちなみに私の席は最下層の2デッキ2等和室。窓もなく機関の音も結構響く場所でここのカーペット席でゴロゴロしているとなんだかすごくタイタニック号の3等客室感がある(知らんけど)。そして間の6デッキには売店、5デッキには乗降口とちょっとした休憩場所、4デッキにも乗降口とレストランがある。

印象としては、橘丸やさるびあ丸よりも自席以外に時間を過ごせる場所が少ないような気がする。24時間の長旅、そんなに長く外には居られないから、ということだろうか。

まあ全体的には2016年に就航した新しい船ということもあり、広くて綺麗で快適だ。先代のおがさわら丸からトン数も1.5倍程度と大型化しており、揺れもない。

詳しくはこちら。

デジタルデトックス

おがさわら丸では大島沖を過ぎたあたりから断続的に携帯の電波が入らなくなり(というか他の島の近くを通った時にたまに電波が入るだけになり)、八丈島沖を過ぎた夕方以降あたりからは全く電波が入らなくなった。完全に通信が途絶した状態を経験するのは何年ぶりかわからないほど久しぶりだったが、こうも不安なものだとは思わなかった。

Twitterが気になる。Facebookが気になる。仕事の連絡が気になる。株価が気になる。ニュースが気になる。おがさわら丸の推進方式とかちょっと調べ物をしたくなる。

最初のうちは繋がらないのに意味もなく携帯をいじったりしてしまっていた。こんな私でもどっぷりデジタルの海に浸かっていたんだなあ、と実感する。

ネットが繋がらないとなると、必然的に酒を飲むか本を読むか考え事をするかしかなくなる。そのうち酒を飲むは航海前半にペースを上げて飲み過ぎたせいでお腹いっぱい(本当に弱くなった。コロナのせいだ)、本は阿佐田哲也のエッセイを読み切って一旦区切りとする。もう一冊、世界史の本を持ってきてみたが、翻訳調で少し読みづらく一旦断念。

したがって考え事をするしかなくなった。う〜ん(考え事)。

いや、悪くない。こんなふうな時間の使い方は久しくしていなかったが、定期的に取るべきだと思った。

晩飯

そんなことをしたり、うとうとしたり、三宅、御蔵と島影を追ったりしているうちに夜がきた。時刻は19時前。乗って8時間経つが、まだまだ到着までは17時間近くある。さっきやることがないと書いたがあと一つ忘れていた。食べることだ。暇だととにかく食べるしかない。というわけで食堂に向かう。島寿司を食べようかと思ったが売り切れだったので普通にハンバーグ定食を食べる。どうしてもハンバーグ食べちゃうんだよなあ〜。何歳になってもそうだ。

食堂には右翼のおっちゃんもいた。昼間の快活で饒舌な姿とはうって変わって、1ひとりで寂しそうに黙って飯を食っていた。そりゃ人間なんだから常に明るく喋ってるわけはないのだが、なんだかそういう人間ぽい一面も見れてよかった。

深夜

昼間寝過ぎたせいで、夜の2時くらいに目が覚めてしまった。仕事のシフトで、10時寝2時起きというのがあるが、それと体が勘違いしたのかもしれない。
夕方からちょいちょい寝ていたので、なかなか寝付くことができない。こんな時、昔出た芝居のセリフをよく思い出す。

「眠れないと、ろくなことが考えられません。お化けのこと。菓子パンのこと。菓子パンお化けのこと。僕が菓子パンのこと考えてなんになるんですか〜!」

みたいなセリフだったと思う。細部が違ったらごめんなさい。すごい良いセリフだ。眠れないときの思考のネガティブさや飛び具合、連想具合やどうしようもなさが端的かつ的確に表現されている。

何を考えていたかは知らんまに寝てしまい忘れてしまったが(阿佐田哲也の人間的魅力や出会った官僚たちのすごさを思い出してとにかく打ちのめされたような気がする)、まあどうしようもない考えだったということは覚えている。芝居のネタが一個でも思いつくかと思ったが、それは思いつかなかった。

翌朝

それでも気がつくと寝てしまい、日の出も当然の如く見逃してしまったあたり、自分は不眠とは本当に縁のない人間なのだと思わされる。

のそのそと起き上がり、船内を(意味もなく)チェック。よし、今日も海は穏やか。どこで朝食を取ろうか。結局考えて8デッキ、船の屋上でサンドイッチとコーヒーを食べることにした。

昨日のうちから風を避けられる席は把握している。しっかりとその席を確保し、海と空に囲まれて食べるサンドイッチは最高だ。コーヒーもうまい。さらにちょこちょこ旅行記を書き進めたりなんかして贅沢な時間をすごす。

そんなことをしていると船の周りをとぶ鳥が増えてきて、島が近づいてきたことを予感させる。聟島諸島も見える(写真の島影わかるかな)。長い船旅もいよいよ終わりだ。1時間くらい前からソワソワと甲板で近づいてくる父島を眺めながら、いよいよ接岸、久々の小笠原上陸だ!

続く

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