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盗撮加害者家族の記 04 苦悩と迷い

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「本来であれば、これはあいつから直接お伝えすべきことだったんですが……。こういった事であいつが逮捕されるのは、今回が二度目になります」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。義父からの言葉を数秒かけて理解し、意識が遠のきかける。それを引き止めたのは義母の慟哭にも似た謝罪だった。

「ごめんなさい!本当は言わなきゃ行けなかったのに、言えなくてごめんなさいぃぃ!!」
床に顔を擦り付けるように土下座する義母。震える泣き声がそのまま彼女の心だった。
「やめてくださいお義母さん。お義母さんが謝るのは違います。そんなことはやめてください」

私と母に土下座をする義母の顔をなかば無理やりあげさせる。目は虚ろで、細かく身体が震えていた。

何を言えばいいのか、何も思いつかなかった。責める気持ちも微塵も浮かばない。それは私が聖人君子だからではなく、人を責められるだけの余裕がなかったにすぎなかった。

なぜ。どうして。これからどうなるの。どうすればいいの。

何度も何度も同じ問いが頭を巡る。
多くの人と同じように、これまでだって順風満帆な人生を生きてきた訳では無い。辛いことも苦しいこともあった。けれど、こんなに道筋が見えないことは無かった。

「前回はどのような形だったんですか?」

義父に問うたのは母だった。

「盗撮という形ではありません。夜にこのあたりの物陰に車を停め、自分の気になる女性を見つけたら後をついて行く。我々はそんなことをしているとつゆ知らず、ある日突然警察が礼状を持ってここに来てやつを逮捕し、そのまま連れていきました」

ぞっとした。

今まで誰よりも私に優しかった夫。愛情深く、初対面の人ともすぐに打ち解けていた。私の知っている子どものように屈託なく笑う夫の姿と、そのような行為をする男の姿がイコールで繋がるわけなどなかった。

「前回の時、正直とんでもない額のお金を使いました。弁護士を雇って示談し、1000万近くはかかった。それでも職場に事が知れてクビになり、妻も心労でだいぶ痩せてしまった」

義父が義母を見やる。うずくまって身体を震わせる義母はただでさえ細身で、この人が今以上に痩せてしまえば本当に骨と皮になってしまうだろう。

「そんな母親の姿を、やつは見ていたんですよ。前回の件で病院にもしばらく通いました。さすがにもう懲りただろう、もうしないだろう。新しい仕事にも就いた、結婚もした。五年前は確かに大変だったけれど、毎日幸せそうに過ごしているやつを見て事件は過去になったんだと思ってました。なのに……」

虚空を眺めながら坦々とトーンで話す義父の表情は無表情に見えて、ちらちらと怒りが燃えているように見えた。ふと視線が私にうつる。

「あなたには本当に申し訳ないことをした。我々は親です。どんな事があっても、どんなに苦しくてもやつの面倒は一生見ていかなければいけない。けど、あなたは違う」

私を見る義父の視線は、息子の話をしていた時とはうってかわって優しいものだった。


「あなたはあなたの幸せを一番に考えてください」


その言葉を聞いた瞬間、私は声を上げて泣き崩れた。

ほんの数時間前まで、私の幸せは夫とともにいる事だった。
彼とともに起きる朝。彼のために作る夕飯。仕事が終わるのを待つ時間。休日のデートはもちろん、ただ一緒に食材を買いに行くだけでも楽しかった。常に私に優しく、少しでも私が無理をすると怒る人だった。
お互いに何か不満を感じたら、どんなことでも話し合った。互いを責めることなく、常に2人の納得出来る中間点を探した。そんな関係性を、数年で築き上げてきたのだ。


幸せだった。私は常に彼を愛していたし、それ以上の彼からの愛を毎日感じていた。


なのに私は今、幸せが分からなくなってしまった。

幸せとは、何なのだろう。
その問いに答えられる人は、きっとその場に一人もいなかった。

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