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盗撮加害者家族の記 03 過去

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母が到着したのは、私が電話した約20分後だった。
その時代にしては遅かったであろう30代で私を産んだ母。父は幼い頃に死別し、女手一つで私を育ててくれた。

到着するなり、

「何があったの」

と言われたものの、私も何も分からず、ただただ旦那が盗撮で逮捕されたのだとしか言えない。

「向こうのご両親には連絡したの?」

どうしようどうしようと泣くばかりの私の背をさすりながら、私よりは幾分冷静そうに母が問う。
母を待つ間もちろん考えたが、連絡しようにも出来なかったのだ。なにぶん入籍してから2ヶ月もたっておらず、義理の父母と連絡先を交換していなかった。いつかしなければと思いながらも、そのタイミングを逃していた。

聞こうと思えばいつでも聞ける。

そんなふうに思っていたのだ。まさか、こんなことで必要になるだなんて1ミリも想像していなかった。

旦那の車で挨拶に1度行ったきりの実家の場所など、どう頑張っても思い出せなかった。だが思い出せないで終わっていいはずがない。何より、この他人には言えるはずのない出来事を共有する誰かが1人でも多く欲しかった。
足掻いて足掻いて記憶を辿るうち、ふと結婚する時に本籍地をむこうに移していたことを思い出した。

顔合わせの時に署名をしてもらった婚姻届。誤字があった時のためにと用意していた予備を、こんなことに使うだなんて思いもしなかった。
すぐにタクシーを呼び、実母と共に旦那の実家へ向かった。
明るい未来を想像していたあの日はたった数ヶ月前の話のはずなのに、酷く遠い日の夢のような気がした。


旦那の実家に着いたのは既に21時をまわっていたが、外から家の灯りがついているのが見えた。
すがる思いでインターホンを押す。

出ない。

戸を叩いて「お義母さん、私です!」と声を張る。
出ない。
もう寝ているのか、夜の心当たりのない訪問者を警戒しているのか。
数度繰り返しても応答のない扉を前に、途方に暮れた。母の暖かいてが背を撫でてくれる。
「次でダメなら帰ろう」
と、半ば諦めた気持ちでインターホンを押した。

「はーい」

と声がした。私はどんな顔をしていたのだろう。出てきた義母は驚いたように目を見開き、「どうしたの!?」と声を上げた。説明しようと口を開き、思わず泣き崩れる。

「〇〇さんが、〇〇さんが、逮捕されました」

義母は声なく固まった。数瞬後、きびすを返し、
「お父さん!お父さん!〇〇が、〇〇が大変なことに!」
と2階へ声を張り上げた。すぐに「何があったんだ!」と寝間着姿の義父が降りてくる。私が夫が逮捕されたことをなんとか伝えると、一瞬表情をなくし、何故かそのまま2階へまた戻って行った。

義母に支えられているのか義母を支えているのか。2人でなんとか家の中に入る。今へ入った途端、義母は倒れ込むように蹲り、私に土下座した。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

泣きながらまるで狂ったように謝り続ける義母を見て、涙が溢れた。

「やめてくださいお義母さん。それは違います。お義母さんがそんなことをするのは違います。やめてください」

言われても義母は顔を上げることはなく、泣きながら謝り続ける。

ふと私は実母がその場に居ないことに気づいた。うずくまる義母を気にしつつ玄関先に出ると、実母はどこか呆然とした様子で夜空を見上げていた。
私が声をかけるより先に、よろめきながら義母が裸足のまま玄関先に現れ、土が着くのもかまわず土下座した。

「申し訳ないですお母さん。こんなことに、こんなことに……」
「やめてください。そんなことなさらないでください」

実母に支えられてなんとか義母が立ち上がる。そんな老いた2人の姿を目の前に、私は「どうして」という言葉以外何も浮かばなかった。

「お母さんもどうぞお入りください」

振り返るとペンと紙を持った義父が立っていた。
促されるままに居間へ戻り、ソファに腰かける。対面に座った義父の握られた拳が、テーブルに置かれていた。事の顛末を聞きながら、義父は丁寧に紙に時系列を書いていった。
現状で分かる全てを説明し終えると、数秒、沈黙が流れた。ぐっと義父の拳に力が入り、ふと緩んだかと思うと、ゆっくりと言葉を選ぶように義父は話し始めた。

「本来であれば、これはあいつから直接お伝えすべきことだったんですが……。こういった事であいつが逮捕されるのは、今回が二度目になります」

ふっと、意識が遠のきかけた。

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