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今宵は“バスク・ダービー” ロマンを以て、フットボールへのアンチテーゼを唱える

昨今の移籍市場で活況を呈するプレミアリーグとサウジアラビアリーグ。高騰する放映権収入や潤沢なオイルマネーなどで、他国リーグのスーパースターは然り、新進気鋭の有望株さえも手中に収めている。“莫大な資金を以て、最強軍団ドリームチームを作る”これはある種の正解だ。世界中を見渡せば、多くのクラブが金額の大小はあれど、勝利に、優勝に向けたロードマップとして採用している。だからこそ、現代フットボールの潮流に遡行するように、古き良きフィロソフィを踏襲し続けるクラブがあるのならば、ロマンを抱かずにはいられない。

今月30日に『アノエタ』にて、レアル・ソシエダとアトレティック・クルブによる今シーズン最初の“バスク・ダービー”が行われる。ここまでのリーグ戦7試合で4得点1アシストと絶好調の久保建英に牽引されるレアル・ソシエダは現在6位。対するアトレティック・クルブも、開幕黒星スタートを喫したが、それ以降の6試合で4勝2分の好成績を収め4位に。互いに上位につけていることもあり、例年以上の盛り上がりを見せるダービー・マッチになりそうだ。

メイド・イン・レサマ

先月25日に『サン・マメス』で行われたラ・リーガ第3節ベティス戦で、アトレティック・クルブを率いるエルネスト・バルベルデ監督がスターティングメンバーに選んだ11人に注目が集まっている。スペイン代表の正守護神でもあるウナイ・シモンやクラブ歴代2位タイの公式戦通算出場記録を保持するイケル・ムニアインを筆頭に、イニゴ・レクエ、ダニ・ビビアン、アイトール・パレデス、イマノル・ガルシア・デ・アルベニス、イニゴ・ルイス・デ・ガラレタ、ミケル・ベスガ、イニャキ・ウィリアムズ、ニコ・ウィリアムズ、ゴルカ・グルセタ。彼らの共通点は、“メイド・イン・レサマ”。そう、ベティス戦の先発選手は全員がアトレティック・クルブのカンテラーノだ。
※レサマとは、アトレティック・クルブの育成年代からトップチームまでが使用する練習場

1898年にバスク州ビスカヤ県ビルバオに誕生したアトレティック・クルブは、ラ・リーガ通算8度(歴代4位)、コパ・デル・レイ通算23度(歴代2位)、スーペルコパ・デ・エスパーニャ通算3度(歴代3位)の優勝を誇っている。そして何より、1929年に創設されたラ・リーガにおける最初の10クラブのひとつで、レアル・マドリードとバルセロナとともに、一度も2部リーグに降格したことがない。そんなアトレティック・クルブを象徴するのが“バスク純血主義”だ。文字通り、バスクにルーツを持つ選手だけがクラブ入団を許されている。つまり、基本的に選手を“獲得”することはせずに、自前で選手を“育てる”という哲学を貫いており、冒頭で述べたように、移籍金1億ユーロ越えの取引が成立する現代フットボールにおいて、毎年のようにトップチームの選手獲得支出が「0」なのはこのクラブだけだろう。
※最後に移籍金が発生したのは2020年夏で、アレックス・ベレンゲル獲得に1200万ユーロを支払っている。

エウスカル・エリア(バスク地方)は、バスク州・ビスカヤ県、ギプスコア県、アラバ県とナバーラ州のスペイン4地域と、ラブール地方、低ナバーラ地方、スール地方のフランス3地域の計7地域から成る。人口は約300万人ほどで、これは静岡県より少ない。それでもベティス戦では、このエウスカル・エリアにルーツを持つ選手11名がスタメンに名を連ね、見事に4-2の勝利を飾っている。例えば、ナバーラ州出身のイケル・ムニアインは12歳で、アラバ県出身のウナイ・シモンは14歳で、アトレティック・クルブのカンテラ(下部組織)に入団した。アイトール・パレデスは11歳から『レサマ』で過ごしており、同試合の先発選手のなかでは最も若くして入団した選手だ。

一方で、ミケル・ベスガは少々事情が異なる。アラバ県出身で、2012年に同都市に本拠を構えるCDアウレラ・デ・ビトリア(当時4部リーグ)でデビューしたミケル・ベスガは、アラベスのBチームを経て、アトレティック・クルブのBチームに加入。『レサマ』に到着したとき、同選手は21歳だった。そのため、カンテラーノか問われれば微妙なところがあるのも確かだ。加えて、ウィリアムズ兄弟にも触れておこう。同兄弟の両親はともにアフリカ出身で、バスク州には移民として受け入れられた。そこで生まれたのが、兄イニャキ・ウィリアムズと弟ニコ・ウィリアムズ。そのため兄弟はバスクの血は引いていないものの、幼少期からバスクの文化のなかで過ごしたことでバスク人と見なされている。なお昨年、兄はガーナ国籍を取得し、ガーナ代表としてカタールW杯にも出場。弟は21歳でスペイン代表の常連メンバーになり、“ラ・ロハ”の未来を担う存在でもある。

メイド・イン・スビエタ

外部者の干渉を許さないという唯一無二の特徴を持ち、その上でバスクのクラブとして最大の成功を収めているアトレティック・クルブに隠れているが、レアル・ソシエダもカンテラーノを重宝するクラブだ。これまでにシャビ・アロンソやアントワーヌ・グリーズマンらを輩出しているバスク州ギプスコア県サン・セバスチャンのクラブは、1980年代後半までは同様に“バスク純血主義”を掲げていたものの、時代に合わせて外国人選手を獲得し始めた。実際に2000年代初頭は外国色が強くなったことで躍進を遂げた反面、その後は凋落の一途を辿りセグンダ降格の憂き目にも遭った。そこでクラブ再建の原動力となったのが、自家製の選手だった。

2000年代後半以降はカンテラに注力し、今では「8:2」と「6:4」という明確な数値を掲げている。前者はカンテラにおけるギプスコア県出身者と外部地域出身者の割合を指し示すもので、ギプスコア県出身が80%、外部地域出身者が20%と定めているとのこと。後者はトップチームにおけるカンテラーノの割合を指し示すもので、カンテラーノが60%、異邦人が40%となることを目指している。現チームを見ると、アリツ・エルストンド、イゴール・スベルディア、マルティン・スビメンディ、ミケル・オヤルサバルらが『スビエタ』育ち。一方の40%にあたるのが久保建英やブライス・メンデス、ミケル・メリーノとなる。
※スビエタとは、レアル・ソシエダの育成年代からトップチームまでが使用する練習場

そんなレアル・ソシエダは今シーズン、10年ぶりとなるチャンピオンズリーグに挑戦している。2020-21シーズン以降は欧州コンペティションに出場し続けるなど、この安定的な強さの源はミケル・オヤルサバルを筆頭に自家製選手と、外部選手の融合を実現させてきたからだろう。迎えた今月20日のチャンピオンズリーグ・グループD開幕節インテル戦では、出場した16選手のうち、半分にあたる8選手がカンテラーノだった。試合後、イマノル・アルグアシル監督はカンテラを重要視するクラブにとっては“歴史的”なこととスペイン紙『マルカ』に語った。

トップチームに在籍する多くの選手とは、カンテラからともに過ごしてきた。そして今日、リーグ優勝を争い、チャンピオンズリーグのファイナリストであるインテルとこのような舞台で戦えること…。歴史的なことだ

スペイン紙『マルカ』

バスク・オブ・ロマン

フットボール界に革命をもたらすことになる『ボスマン判決』が1995年12月に下された。特に、“EU圏内のクラブはEU国籍を持つ選手を外国籍選手として扱えない”という事実上の“外国人枠の撤廃”は、移籍市場を、そしてカンテラの在り方さえも根底から覆すものとなった。あれから約30年、フットボールクラブの大半では自前で選手を“育てる”よりも、大枚をはたいて選手を“買う”が主流となっている。だから今こそ、“バスク・ダービー”を見るときだ。ピッチに立つ選手の3分の2以上がバスク人となる高潔無比で崇高な試合は、フットボールに対するアンチテーゼに近しい。今宵、フットボールに忘れられつつある育成ロマンに触れてみてはどうだろうか。

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