見出し画像

聾学校では2~3年勉強が遅れるのが当たり前だった。私は聾学校の勉強に見切りをつけ、自分で管理をしながら勉強をした。

小学2年生になった私は、聾学校の算数で、かけ算を学び始めた。
私はかけ算を声を出して覚えだした。また、親に買ってもらった、かけ算パネルのおもちゃで家で遊びながら、覚えた。

1の段、2の段…と、一段ずつ暗唱したのを別々の先生に聞いてもらい、間違えずに言えたらスタンプをもらうスタンプラリー企画を、担任の先生がたててくれた。スタンプラリーを1つずつ進めていくのは楽しかった。最後になる9の段は、校長先生だった。校長室に担任の先生と一緒に行き、校長先生の前で暗唱した。校長先生は、スタンプラリーカードにスタンプを押してくれ、ほめてくれた。
かけ算の暗唱で、発音を指摘されたことは一度もなかった。

かけ算の暗唱で思い出すのは、ににんがよん、ななろくよんじゅうに、などの読み方だ。全部4が「よん」、7が「なな」になっている。1「いち」と4「し」、7「しち」は口形が似ているので、私たち聞こえない子どもたちは、皆「いち」「よん」「なな」と言いわけた。聾学校はまだ、手話が禁じられた「鎖国」時代であった。
かけ算を覚える当初からそのように覚えていたのか、聾学校生活のなかで修正されていったのか覚えていない。
頭のなかでは「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう」になると分かっていても、友達や誰かに口に出していうときは「いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな、はち、く、じゅう」になった。まるで、逆に10から読んだみたいになった。

私たちが小2でかけ算を覚えた、ということは子どもたちの間でちょっとしたニュースになったようだ。3つ上の小5の男子が、私の教室に慌てた様子でやってきて、
「もうかけ算やったの!?」
と聞いてきた。

うんと私は誇らしげに答えた。その男子は小5だったが、小5になってようやくかけ算を始めたという。いまかけ算をやっているところだったか、終えたところだったか、は覚えていない。その男の子は、すごいなあいいなあと頭をふりふり出て行った。

私は、教室に慌てて飛び込んできたその男の子の表情を覚えている。驚きながらも、羨む表情だった。私より3つ上の小5が、なぜ、小5になってかけ算を、ようやくやることになったのだろう。
勉強したかったのに、勉強できなかったということだろうか。
発音練習などを優先して勉強が遅れたのだろうか。
かけ算を覚えるための「学力」が「まだ」ないと先生が判断したのだろうか。

おそらく、そのくらいの、2~3年の勉強の遅れは、当時の聾学校ではむしろ「常態」だったように思う。ありふれたことだった。私は小3から勉強が遅れだしたが、それでもまだ聾学校のなかでは早いほうだった。小2までは学年対応だったからだ。

私には、同学年の聴こえる従兄弟がいる。私の母は、私が小1,2の間は、時々電話で叔母に、従兄弟は今どういうところを学校でやっているのかを確認していたようだった。
電話の都度、遅れていないよ!同じところだよ、と母は嬉しそうに言ってきた。私の聾学校での勉強は、少なくとも小2までは学年相応だったようだ。聾学校の勉強は小3から遅れだした。そのころから、母は、電話での授業進度確認を私に報告してこなくなったような気がする。母からの授業進度確認の報告はだんだんと減っていき、しまいには無くなった。それに相反するように、私は次第に、勉強の遅れに敏感になっていった。
私は、聴こえる子どもが今どこをやっているのかは知らなかった。ただ、使っている教科書、そのページ数などでなんとなく、聴こえる子どもは今ここのあたりをやっているのではないか、と進度のあたりをつけるようになった。
もともと私は、4月の進級式に、新しい教科書をもらったらその日のうちにすべて目を通す子どもであった。国語の教科書は、その日のうちに全部読んだ。年刊の雑誌を読むような気分であった。

私は時々、教室に飛び込んできた男の子の顔を思い出していた。その顔は、私を戒めるアイコンとなった。「聾学校の勉強は遅れるものだ、常に気を抜くな」と言う顔になった。

聾学校はあてにできないと思った。私は小3、4から聾学校の勉強に「見切りをつけた」。家庭学習教材を親に買ってもらい、それを家でやった。しかし、実際は、ためてしまうこともあった。春休みにたまった分を慌てて片づけたこともある。自分で問題を解き、自分で丸をつけ、自分で解きなおした。そんなふうに自分で自分の勉強を管理した。

いくつか年上の従姉妹が使った問題集が、お下がりとして我が家に届けられたことがあった。私はその問題集に鉛筆で書かれた答えを消しゴムで消して、使った。私が楽しみだったのは、その問題集そのものよりも、ついてきた「読み物」だった。問題集の表紙裏か何かに、ギリシャ神話などが書かれていた。私は、問題集を解く合間に、休憩としてギリシャ神話を読んだ。

小5から先生が代わり、算数に関しては、宿題がたくさん出た。宿題は正直面倒だったが、おかげで、少なくとも算数に関してはだいぶ挽回はできたように思う。しかし、他の教科勉強など、気はまだ抜けなかった。

小6の3月に、私はある新聞記事を読んだ。それは、他の聾学校中学部の生徒が、地域の一般高校受験に合格した、という内容だった。
私の聾学校では、聾学校中学部から一般高校に進学した生徒は、まだ一人もいなかった。

私は、そうか、一般高校に行く道があるのか、と気が付いた。
自分で自分の勉強の計画を立てなくてもいいかもしれない、とも思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?