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ケラマブルーを確認するため、渡嘉敷島に上陸したら、ケラマブルーが確認できました。。。

旅慣れしてしまったのか、旅の記憶がふわっとぼやけてしまうように感じ始めたので、旅日記を付けることにしました。
ということで、日記なので、記録です。
「誰か」に「何か」をオススメすることを意図して書いていないので、読了後には「何も」残らないはずです。
※なお、読んでも本当に「何も」残らないのかどうかを確かめたい場合は、一度読んでみることを「オススメ」します!



◆1日目:2022年7月23日(土)

◇成田空港から那覇空港へ

成田空港からジェットスターを利用して、那覇空港へ向かいました。
成田を13:40に出発する便です。
私は、実家を出てからはずっと横浜市に住んでいたので、これまでは飛行機を利用する際は羽田空港を利用していたのですが、成田空港の方が近い場所に住み始めたので、この旅では、LCCに初チャレンジしてみました。
ということで、成田空港の第3ターミナルの利用も初めてだったので、念には念を入れて、出発の1時間30分前くらいに空港に到着したのですが、さすがに搭乗までの時間を持て余すという結果に。
成田空港の保安検査場は「激混」というネット情報に完全に踊らされた格好です。

那覇まで運んでくれるジェットスター

3時間のフライトはほぼ寝て過ごして、那覇空港に到着。国内移動であれば、LCCはコスパを考えるとファーストチョイスになり得ることを学びました。ジェットスターとピーチは本当にお安いです!

で、分かってはいたけれど、空港を出た途端に蒸し暑い亜熱帯気候がまとわりついてきて、夏の沖縄に来たんだということを実感しました。
この時期は一日でTシャツ3枚必要です。

なお、この旅ではレンタカーは利用しませんでした。
というか、コロナの影響でレンタカーが引くほど高額な料金設定になっていたので、「じゃあ、車がいらない旅をしよう」⇒「じゃあ、沖縄の離島に行こう、那覇から船出てるし」ということで企画されたのが、この旅です。


◇那覇空港から宿泊先へ

那覇空港からはゆいレールで移動して、宿泊先に向かいます。
この旅の宿はアパホテル<那覇若狭大通>を利用しました。
アパホテルさんは皆さんご存じの通り、「1秒チェックイン」が売りなのですが、私はアプリのパスワードをなかなか思い出せず、1秒どころか、通常チェックインよりも大幅に時間を要するという失態を犯してしまいました。

現代社会はパスワードの無限地獄です。
私は自らが考えた文字の羅列であるパスワードの手のひらで踊らされているのだと気付き、セキュリティに反撃される屈辱を噛みしめました。。。

チェックイン後は、荷物を部屋に置いて夕食を食べに行きます。
ホテルから徒歩7分くらいで到着するこちらのお店で頂きました。

赤ひげラーメン 那覇松山店/トッピングはニンニク・アブラ

沖縄にはここ数年で度々訪問しており、ご当地グルメではなく、食べたいものを食べるスタイルに切り替わっております。

夕食後は「波の上うみそら公園」まで歩いて、夕日が沈むのを眺めた後、栄町市場で呑もうかな?とも考えましたが、よくよく考えたら、次の日は朝から船で離島に行くので、念には念を入れて、飲酒は控えておくことにしました。
ここ数年は自宅で酒を飲まなくなり、元々酒に弱かったのが、より一層弱くなっているので、賢明な判断だったと思います。

波の上うみそら公園からの夕日。動画から切り取ったので画像が荒い

◆2日目:2022年7月24日(日)

◇泊港(とまりん)から渡嘉敷島へ

2日目はこの旅の目的地である渡嘉敷島に渡ります。
(船で行くので「渡る」で合ってますよね??)
渡嘉敷島への移動手段はとまりんから出ている「マリンライナーとかしき」と「フェリーとかしき」という2つの手段がありました。
この2つの特徴/比較をおおまかに書くとこんな感じの関係性です。

・「マリンライナーとかしき」⇒速度が速い/お値段が高い
・「フェリーとかしき」⇒速度がそこまで速くない/お値段が安い

◇諸星の私見

※正確な情報に自信がないので、以下のサイトをご参照ください。

私は、行きは「マリンライナーとかしき」で、帰りは「フェリーとかしき」での移動とすることにしました。
渡嘉敷島での滞在時間の関係もありましたが、両方とも乗ってみたかったので、別々にしてみました。
とは言ったものの、実は私、船にまともに乗ったことがありません。。。
記憶にあるのは、高校の修学旅行で、沖縄の読谷村でグラスボートに乗って気分が悪くなったことと、東京湾フェリー(久里浜⇔金谷)のバカでかいフェリーに乗ったことくらいです。(東京湾フェリーでは船酔いは大丈夫だった記憶があります。フェリーが大きかったので)
ということで、念には念を入れて、酔い止めを飲んでおくことにしました。

「マリンライナーとかしき」の泊港から渡嘉敷島までの移動時間は40分で、サクッと渡嘉敷島に到着しました。
夏は海も荒れていないようで、船酔いも問題なかったです!

渡嘉敷島では、海に潜るのはパス(泳げない訳ではありません)して、原付をレンタルして島内の絶景スポットを回るという計画だったのですが、これがしくじりました。やっちまいました。
真夏の渡嘉敷島、、、灼熱です。
渡嘉敷島全体が熱々のフライパンのような状態だったのです。
フライパンに例えたくらいなので、どこもかしこも均等に熱い(暑い)状態です。
原付を停めて景色を眺めていたら、数分で原付の(黒い)シート部分が、熱々になります。たぶん薄いお肉ならしっかり熱が通るくらいには、原付のシートが加熱されていました。

そんな想定外の状況の中、渡嘉敷島で撮影した景色はこんな感じです。

渡嘉志久ビーチ
慶良間海峡展望所
阿波連ビーチ/透明度
阿波連ビーチ/ケラマブルー

言葉が要らないとは、このことやったんか。。。
熱々の原付のシートで、お尻に熱を通した甲斐がありました!
これは絶対に現地で体感すべきだし、そして何よりやっぱりこの海には潜った方が良いです。(なんで海に潜る選択肢を初手から捨てていたのか、今となっては分からん。。。)


これだけの絶景を楽しめる渡嘉敷島ですが、この島も悲しい戦争の歴史がある戦地の一つです。
私のような幼稚な人間が、戦争の悲惨さについて語ることは差し控えたいと思いますが、この島で過去に起こった悲惨な出来事、国難に殉じた英霊を想うと、なんとも言えない感情に心苦しくなります。
このような壮絶な歴史が刻まれた場所に赴くことで、私のような出逢った人々に迷惑ばかり掛けてきた人間でも、生きている意味を見つめ直すきっかけになりました。
ありがとうございます!


◇渡嘉敷島から泊港(とまりん)へ

ということで、渡嘉敷島の絶景を存分に体感した後、「フェリーとかしき」で那覇へ戻りました。フェリーとかしきは70分の船旅です。
船酔いはしなかったのですが、流石に直射日光を浴び過ぎたためか、若干、日射病のような症状を感じながら船に揺られていました。
あと、隣の席に座っていたカップルがマスクをしないでずっと喋っていたことに、イラッとしていました。
当時はコロナに対して、世間がまだまだ過敏だったと思いますよ!

泊港には17時過ぎに到着。一度、宿泊先に戻ることにしました。
朝からずっと動き回っていたので、さすがに疲れてしまい、少し仮眠をしてから夕飯を食べに行こうと思っていたのですが、思いのほか爆睡してしまい、起きたら23時過ぎだったと記憶しております。

やはり日射病だったのか、頭がボーっとする症状があり、この日はそのまま二度寝してしまいました。


◆3日目:2022年7月25日(月)

◇那覇空港から成田空港へ

旅3日目。前日の日射病のような症状は治まっているように感じました。ただ若干身体にダルさは残ってはいましたが、普段と変わらず動ける程度だったので、あまり気にはなりませんでした。
むしろ日焼けが痛かったことを記憶しております。
あと、前日に原付の熱々シートによってお尻に火を通していたので、半生感覚が残っていました。

帰りもジェットスターを利用して、那覇空港から成田空港へ向かいます。
那覇空港を11:50に出発する便です。
那覇空港では「空港食堂」が空いていたので食事をしたのですが、写真を撮り忘れてしまったようです。。。

という訳で、今回のケラマブルーを確認する沖縄旅は、無事終了となりました!と思ったのですが、どうやら無事ではなかったようでした。。。


◇帰宅後、、、

自宅に帰宅後、若干喉に違和感を感じていましたが、熱はなかったので、あまり気にせず、旅の荷物を片付けて就寝したのですが、翌日起床したところ大惨事となってしまいました。というか、激痛と発熱で起きました。

喉の激痛は呼吸を阻害し、頭が割れるほど痛かったです。というかあの頭痛は頭が割れていたと思います。割れていなければ、あんな痛さにならないです!

というこうとで、私はコロナ第7波の最中に、新型コロナに感染してしまいました。やっちまいました。

私が感染した新型コロナの症状は、
「水を飲むのが億劫になるほどの喉の痛み」
「頭が割れてしまったと錯覚するほどの高熱」
「飲食物が全て同じ味、かつその味は苦味しか感じない味覚障害」の3つでした。

なお、この新型コロナの症状は、私がこれまで罹患した病気ランキングでいうと、歴代2位にランクインしています。
死を感じるまでではありませんでしたが、症状自体はそれはそれは凄まじい症状だったと記憶しています。
確かに体力がない方にとっては、生死に関わるかも知れないと思わせるほど強烈な症状でした。

ちなみにですが、私の病気ランキングの不動の1位は尿管結石です。
あれは死を感じました。
コロナの場合、症状が出た際に「あっ、これはコロナかも」と病因に心当たりがあるので、表現が適切ではありませんが、ある種の安心感がありましたが、尿管結石は病因がまるで分からない激痛が1時間30分とか、2時間連続するという恐ろしさがあり、それが死を間近に感じさせるという点を考慮して、「尿管結石>新型コロナ」としております。
まあ、どっちでも良いんだけどね。

ちなみに、「自然排出」した結石(6mm程度)の写真がありますが、写真掲載は流石に差し控えたいと思います。。。


次回の旅日記は、2022年12月の大分旅を書く予定です。たぶん。

#旅 #ケラマブルー #渡嘉敷島

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