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プログラミングと音楽

本記事は、eeic(東京大学工学部電気電子・電子情報工学科)Advent Calendar 2022の6日目の記事として書かれたものです。


はじめに

みなさんもそうかと思いますが、EEICに入ってからというもの、課題、研究、バイトなど、とにかくプログラミングをする機会が多くなりました。ひとりでいることが苦にならない私のような人間にとって、一日中パソコンのディスプレイと向き合う生活は性に合っているように思います。

一方私は気が散りやすい性格で、長時間一つのことに集中できません。ワクワクするようなタスクであればしばらくの間取り組めるのですが、与えられた退屈なタスクは本当に集中力が持ちません(なんとまあ自分勝手なもんだ)。常にVSCodeの画面が5つ同時に開いているような始末です。ひとりでいると何から手をつけて良いのか分からなくなって、ツイッターを見たり、YouTubeを見たり、気が付くともう何もかもが終わっていません。

こんな光景、中には目にしたことがある方もいるのでは

そんなとき、いつも私の友達になってくれているのが音楽です。

適度な音量で音楽を聴くと、アクティブすぎる脳の一部を音楽が占領してくれて、一つのことに少し集中できるようになる気がします。また、現行のタスクで詰まる瞬間があっても、他のタスクが頭を埋め尽くしたり指が勝手にツイッターを開いたりする前に、意識を音楽へと一時的に預けることができます。

良い作業用BGMとは

そこで、プログラミング用のBGMに適しているか否かの判断基準を私なりに考えてみました。

1. 耳障りでない

例えばアップビートのポップスや大音量のフルオーケストラは、どんなに大好きな曲であったとしても作業する上で「うるさい!」と感じてしまうので不適です。

2. 音楽的な内容が薄い

今回の目的は音楽鑑賞ではなくあくまで作業を進めることにあります。例えばクラシックだとシベリウスマーラーなどは、あまりに音楽的な内容が濃すぎるため曲の方に聴き入ってしまって本末転倒です(これは下で紹介している曲の内容が薄いという若干のディスでもあります)。

3. 歌詞がないか、あっても知らない言語

歌詞がある曲は集中力のうち必要な部分まで削いでしまうように感じます。特に、日本語を読んでいる時の日本語の歌詞、英語を読んでいる時の英語の歌詞はとても邪魔になります。

4. 一曲が長いか、自動再生されるリストがある

最近のポップスは長くても5分で終わってしまいます。5分毎に次の曲を選んでいるようではこれまた作業が進みません。

私がよく聞く音源たち

以上の条件を踏まえ、私が普段聞いている音源を少しご紹介したいと思います。いずれもYouTubeで無料で聞くことができるものを選びました。

lofi hip hop radio - beats to relax/study to

あまりにも有名ですが、迷った時には頼りになるのがこの動画です。いつ戻って見てもこの子が静かに勉強していて、どこか不思議な安心感を与えてくれるような気がします。今年7月、DMCA虚偽申請によって2万時間以上も続いたLIVEが一時中断されてしまいましたが、需要が高いのかすぐさま復活しました。

Lo-fi Hip Hop(ローファイヒップホップ)とは「エモい」「チルい」などと形容されるようなインスト(楽器だけで演奏された曲)のことを指します。一昔前にハイエンドオーディオなんかを買うと「Hi-fi」(High Fidelity、高再現性)と書いてありましたが、その逆張りです。SNSを中心に若者から広がっていった比較的新しいジャンルの音楽です。

BGMとして使うのに詳しいことを知る必要はもちろんないのですが、あえて少し説明を加えてみると、lo-fi hip hopはそののんびりとしたサウンドに加え多調がよく用いられる点が特徴的です。多調とは2つの異なる調(キー)が同時に鳴っていることです(カラオケでキーを間違えて熱唱している人を想像してみて下さい)。本来は強烈な不協和音になるのですが、調のオクターブを適度に離して自然倍音上にうまく乗せてあげると、あら不思議、少し協和して聞こえるようになります⁽¹⁾(簡単な動画を作ってみました)。

明らかな不協和音ではなく、かといって完全に締まった和音でもないこの絶妙な響きが「チルい」バイブを生んでいます。

Lo-fi hip hopはネットで聴ける曲の数も多く、検索すると上記動画以外にもアーティストやアルバムなどたくさんヒットするので、是非漁ってみて下さい。

フィリップ・グラス: The Light (1987)

お次は少し時代を遡ってオーケストラ音楽。少し音量が大きい部分もある曲ですが、音量を下げればBGMとしても十分耐えてくれます。

1937年アメリカ生まれのフィリップ・グラスという作曲家の作品で、クラシック音楽の中では現代音楽という部類に入ります。現代音楽というと多くの人は少し聴きにくいものを想像するかもしれませんが、グラスの作品は現代音楽の中でも「ミニマル・ミュージック」と呼ばれるジャンルの作品⁽²⁾で、比較的耳馴染みは良いです。日本人だと久石譲あたりが有名です。

ミニマル・ミュージック(Minimal Music)は、音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させる音楽。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ミニマル・ミュージック

この曲の主題はとてもシンプルな「ミファ」。この2音が様々に形を変えて登場します。

ミファ

素直に聴くとしつこく感じる部分もあるのですが、作業用BGMとして使うとシンプルで良いと思います。希望に溢れるようなアメリカらしい明るいサウンドで、特に朝作業しながら聞くと生産的な一日を送れそうな気分になります。コーヒーを片手にいかがでしょうか。

エリック・サティ: ジムノペディ(1888), グノシエンヌ (1889)

最後にご紹介するのは、さらに時代を遡って1866年生まれのフランスの作曲家、エリック・サティによるピアノ作品です。とても有名な曲も含まれているのでみなさんお聞きになったことがあるかもしれません。私はよく夜にひとりで聴いています。

相当な変人として知られるサティですが、当時まだBGMという概念がない時代、酒場での演奏活動を主としていたサティは「家具としての音楽」という発想を得て実践しようとしました。家具のように、そこにあっても誰の感情も妨げず、意識されることなく人に快適さを与える音楽、という趣旨です。

なるべく聴衆に興味を持たれないように、サティは「数小節の短い譜面を無数回ひたすら繰り返す」という常識はずれの楽譜を書き、あるコンサートの休憩時間中に演奏されるように手配しました。しかし当時の聴衆に「意識しない音楽」という考えは全く理解してもらえなかったようです。

休憩に入って、劇場のさまざまな場所にスタンバイしていた演奏者により演奏が始まると、聴衆は自分の席に戻って静かに聴き入ろうとした。繰り返しが13回目に入ったところでサティは我慢の限界に達し、聴衆に向かって、音楽を聞かずにおしゃべりを続けるよう怒鳴り散らし猛烈な勢いでロビーを駆け回ったが全く効果はなく、結局、この時の実験は大失敗に終わってしまった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/家具の音楽

ここまでBGMのBの部分にこだわった人は他にいないのではないかと思います。しかし、この「意識されない音楽」という発想は後々のBGMの元祖となったようです。

サティは哲学的な面だけでなく音楽的な面でも前衛的でした。それまでの西洋音楽の「調」や「リズム」についての常識をひとつずつ壊し、それまで誰も聞いたことのないさまざまなリズムや響きを、ラヴェルやドビュッシー、ストラヴィンスキーなどといった数々の後世の作曲家のパレットに置きました。

勘の良い方はお気づきかもしれませんが、「数小節程度の短い譜面を無数回繰り返す」というのはまさに先ほどのミニマル・ミュージックです。ジョン・ケージなどによりミニマル・ミュージックが着想された際には「家具の音楽」がその土台となりました。またサティによって開拓されたさまざまな響きは現代のlo-fi hiphopにもそのまま用いられています。サティの斬新な音楽は今なお受け継がれているのです。

今回ご紹介させていただくのはそんなサティの最も有名な作品、ジムノペディとグノシエンヌが入ったアルバムです。「家具の音楽」の理念に通ずるような、敢えて大きな展開や盛り上がりのない曲になっています⁽³⁾。サティらしい、フランスの夜を連想させるような少し不思議な響きをお楽しみいただければと思います。

おわりに

ここまでお読みいただきありがとうございました。もし1曲でも気に入っていただけた作品があれば書いた私としてはとても嬉しいです。

もちろんこの記事は他の曲や条件に当てはまらない曲を聞くべきではないという趣旨ではありません。条件の一つや二つ満たしていなくても一向に構わないので、お好きな曲がありましたら是非教えていただきたいです。

また今回は作業用BGMについて書きましたが、脳みそフル稼働が必要な時には私は特に音楽を聴いていないということも付け加えておこうと思います。

最後に、今年のAdvent Calendarを立ててくれた@packer_jpくん、楽しい企画をどうもありがとう!他の方の記事を読むのが毎日の楽しみです(EEICの方はまだ枠が空いているので奮ってご参加ください)!

明日は@haruponponpoponさんの「私のストレス解消法6?選」です。


脚注

[*1] 他にも2つの和音を往復する"chord shuttle"など、多調を聞きやすくする手法は多種多様である。
[*2] グラス自身は「ミニマル・ミュージック」の呼び名を嫌っていた。実際、今回ご紹介したThe Lightも、異なる長さのフレーズから生じる周期性などミニマル・ミュージックに特徴的とされるような性質も持っているが、複雑な要素もたくさん入っている。元来のミニマル・ミュージックについてはテリー・ライリー作のin Cなどをお聞きになってみて欲しい。
[*3] ジムノペディやグノシエンヌなどは「家具の音楽」という名の実際の作品とは異なる。しかし、サティは自分の作品全体の傾向について語る際にも「家具の音楽」をという用語を用いていたとされている。

出典

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