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evergreen 第3話(ジャンププラス原作大賞/連載部門応募作品)

リドとサーラは追っ手から逃れようとひたすら駆け続けた。しかし長距離走などこれまでしたこともないサーラへの負担は大きく、みるみるうちにペースが落ちていった。
「ハァッ、ハァッ…。」
二人は立ち止まり、少しの間だけ休憩することにした。
「……あれ? お前……!!」
サーラを改めて見たリドは驚いた。炭になったはずの右腕が元通りになっていたのだ。
「その右腕…!! あのとき燃えたはずじゃ…!!」
「あぁ、これ…? また生やしたの。」
サーラは右手を握ったり開いたりしてみせる。
「生やしたってお前…。」
リドは呆気にとられる。
『これも彩神の能力なのか…?』
リドはふと、地面に生える雑草に目をやった。雑草は刈り取っても、根さえ残っていればまた生えてくる。
『植物を司る彩神……。生命力も草木みてぇに強いってことか……。』
「しかし、これからどこへ向かうべきか……。」
リドは呟いた。計算だともうすぐ森の西はずれに辿り着くはずだ。そこからどこを目指すべきか。
「お前を連れて遠くまでは行けねえが……一番近い軍の駐屯地を目指すか……? 最終的には国王陛下に助けを求めるべきだが……。」
それを聞いたサーラの顔色が変わる。
「リド……。」
サーラは意を決した様子で口を開いた。
「国王様からの助けは、おそらく来ないわ…。」
「それってどういう……」
その時だった。
ふいに異変を感じたリドが振り返る。
それとほぼ同時に、背後から稲光のような速さで黄色く輝く何かが一気に近づいてきた。

ザンッ!!!

黄色い光の塊は地面を蹴って飛び上がり、高く宙返りをしながらリドとサーラの頭上を追い越した。
二人の眼前に着地したのは、『黄の彩神』ソレイユだった。
「速えっ……!!」
リドは思わずたじろいだ。ソレイユはそんなリドを見てニヤニヤしている。緑の彩神と黄の彩神が、初めて邂逅した瞬間だった。
「ほー、アンタが緑の彩神サンか。思ってたよりずいぶんちっこくて弱々しいんやな。」
ソレイユはサーラをじろじろと眺めた。
「俺はソレイユ。『黄の彩神』ってヤツや。……って、わざわざ言わんでもわかるやろけどなぁ。」
サーラは戸惑ったような表情でソレイユを見上げていた。すらりと背が高いソレイユは、文字通りサーラを『見下みくだし』ているようだった。
「ーーーソレイユ様! お待ち下さい!!」
森の奥から声が響き、複数人が駆けてくる足音がした。ソレイユの手下の、モリス国の兵士たちだった。
「なんやなんや、わざわざ追いかけてきたんか?」
ソレイユは興を削がれたかのように、不満げに兵士達を見た。兵士達は初めて目にする緑の彩神に一瞬驚いたようであったが、すぐにソレイユに向かって口々に述べた。
「ソレイユ様、勝手な行動はおやめください! あなたが傷ひとつでも身に受けるだけで、付き人の我々は国王様から厳罰を受けるのです!」
「『緑の彩神』の捕獲は我々にお任せを!」
ソレイユはそんな兵士達の忠告を
「まったく、過保護なじーさん国王で困るわ」
と一蹴した。
「せっかく目の前に『緑の彩神』がおるねん。何もせずに見とけっちゅーんかい。」
そう言うとソレイユは、リドの方へ向き直った。先ほどまでのどこか不敵な笑みは消えており、鋭い眼差しがリドに刺さる。
「……そもそも、俺に傷ひとつでもつけられるニンゲンなんて、この世に存在せえへんどな!!!」
次の瞬間、ソレイユは左手を前へ突き出し、稲妻を放った。
「!!!」
リドは咄嗟に後ろへ飛び上がり、攻撃を避けた。
『なんだ……!? 雷か……!??』
稲妻は地面へと命中し、その強い衝撃で土がえぐれ、リドは爆風でふっ飛ばされた。
「リド!!」
サーラがリドの方へ両手を伸ばす。するとリドが飛ばされた方向に生えている木々から急速にツタが伸び、絡まり合って網のようになった。
「ッ!!!」
ツタの網がリドの体を受け止める。
サーラは一瞬ホッとした表情を浮かべたが、即座にキッとソレイユを睨みつけた。そして右腕を彼の方に伸ばす。その手が緑色に光り輝いた。
「させへんでぇ!」
ソレイユはニイっと笑い、今度はサーラに向かって稲妻を連射した。
「!!!!」
稲妻は次々とサーラへ直撃する。
「サーラ!!!!」
リドが絶叫する。すべてが一瞬の出来事で、あまりの速さに全く体と頭がついていかないが、その瞬間はまるで時が止まったかのようで、強烈な閃光はリドの心を絶望で貫いた。
リドは体勢を立て直し、剣を手にしてやみくもにソレイユに向かって駆け出そうとした。しかし、閃光が消えた瞬間、そこにいたのは無傷のままのサーラだった。
「なっ……!??」
リドは思わず足を止める。
「ハハハ、やっぱり効かへんか。」
ソレイユの笑い声が響いた。
「どういう……ことだ……?」
リドはたじろいだ。サーラも何がなんだかわからないという様子でソレイユを見つめる。
「なんや、あんたら何にも知らんねんなぁ。」
ソレイユが髪をかき上げる。
「親切な俺が教えたるわ。彩神を傷つけられるのはニンゲンだけなんやで。」
「人間だけ……?」
「せや。彩神が彩神を直接攻撃しても効果はないんや。さっきみたいにな。」
その言葉を聞いたリドは一瞬、ソレイユが嘘を言っているのではないかと思った。しかし、さきほどの出来事を考えると嘘である可能性はなさそうだ。
「……彩神同士が殺し合わねえように、ってことか……。」
リドが呟くと、ソレイユは「へぇ」と感心したような表情を見せた。
「ハハッ、理解が早いやん。まぁ俺も、実際に試したのは今回が初めてやけどな!!」
そう言うとソレイユは間髪入れずに、またサーラへと稲妻を放った。リドはサーラを守るべく駆け寄ろうとするが、間に合わない。サーラはやはり無傷だったが、完全に怯えた表情を見せていた。
「ハハハ、おもろっ!!」
サーラを玩具のように扱うソレイユの態度に、リドの怒りは頂点に達する。
「てめぇ……こんなことしてアヴァニの国王が黙っていると思うのか!!」
憤りながら叫ぶリドを見て、ソレイユはハッ、と鼻で笑った。
「アヴァニ国王? 何言っとんねん。アンタらの国王ならもう首都に攻め入ったモリスの軍隊に殺されてるはずやで。」
そしてソレイユは、まるで見世物でも見ているかのような目つきでサーラに語りかけた。
「アンタもとっくにご存知なんやろ? 緑の彩神サン。」
「!?」
リドはサーラの方を見た。サーラは青ざめたまま、静かに頷いた。
「何……!?」
「ごめんなさい、伝える機会がなくて……。」
サーラはか細い声で言った。
「彩神は、本来の力を解放するためには人間と『契約』を結ぶ必要があるの。私は代々、アヴァニの国王と契約を結んでいた……。そして隠れ里が襲われる直前に、その契約がふいに切れたのを感じたの……。理由は、たったひとつしか思い当たらない……。」
「契約……。」
リドは思考を巡らせた。なぜ人間より優れた存在である彩神が、わざわざ人間と契約を結ぶ必要があるのだろう? しかしそれならソレイユほどの強大な力を持った彩神が、モリスの手駒として動いているらしき現状も理解できる。ソレイユは、モリス国王と契約を結んでいるということなのだろう。しかし何故……?
「しっかし、ここまで何も知らん奴を護衛につけるとはなぁ。」
ソレイユは心底面白がっている様子で笑った。
「オマケに俺のスピードにもついてこれんようやしなぁ!!!」
そう言うとソレイユは、まるで獣が小動物をいたぶるかのように、リドに向かって稲妻を連打した。稲妻は文字通り光の速さでリドに襲いかかる。リドは必死に攻撃をかわそうとしたか、かわせたのは数発だけで、ついに稲妻の直撃を食らった。
「リド!!!!」
サーラの叫びもむなしく、リドは意識を失ってその場に崩れ落ちた。
その呼吸はすでに止まっている。
「リド……!? リド……!! そんな……!!」
サーラは取り乱してわなわなと震えだした。ソレイユはそんなサーラの様子を見てククッと笑うと、再度リドへ電撃を食らわせた。
「ーーーー!!!!」
電気ショックを受けたリドの心臓がまた動き出す。
「……ハァッ、ハァ……。」
リドの荒い呼吸は、ソレイユの高笑いにかき消された。
「弱すぎて話にならんわ!! もっともっと楽しませてくれやぁ!!」
リドは完全にもて遊ばれていた。しかし現在の彼の身体能力では、到底ソレイユに太刀打ちできそうにない。リドはこの先続くであろう拷問のような仕打ちを想像した。
『さすがに、やべぇな……。』
しかしここで諦めるわけにはいかない。リドは剣を握り直し、攻撃体制に入ろうとした。
「リド……!!」
さきほどの攻撃ですでにボロボロの状態のリドを、サーラは涙目で見つめる。
「大丈夫だ、サーラ……。約束しただろ? お前を守るって……。」
リドは真っ直ぐ前を見つめた。その目は電撃の影響で真っ赤に充血していたが、まだ何も諦めてはいない眼差しだった。
「……。」
サーラはそんなリドの横顔を見て、決意を固めたような表情になった。
「リド。」
サーラは立ち上がり、改めてリドに呼びかけた。
「私と契約を結びましょう。」
そう言うとサーラは、体からまばゆい緑色の光を放った。彼女が手を掲げると、緑の光はその掌に集まっていき、やがて林檎のような果実がそこに現れた。
「へぇ……面白そうやん。」
ソレイユはそう呟き、事の成り行きを見守ることにした。
「契約……。」
リドはその果実を見つめた。『契約』が意味するものを、リドはまだ理解できていなかった。わからないことだらけだが、サーラが提案するくらいなのだから、この状況を打破できる可能性があるものなのだろう。
「……リド、この果実をあなたに捧げます。」
神々しく輝くサーラが言う。もはや迷っている暇はない。リドは果実に手を伸ばした。
あたり一面を、緑色の光が包み込んだ。