思考を科学する?

心の整理の為にnote書いております。


最近は週一畑に通う生活です。

草刈りを必死にやってます。


普通の畑を借りていた時は、本当に適当でした。
(今もかなり適当ですが)
肥料も適当。米糠が良いのかなと入れたり
石灰入れるってよく言うからって事で撒いたり。

その時から、自然と共に生きると言う考えはあって
マルチは使わず、草マルチしてました。
そう言う言い方があるのも知らず
ただ、保湿になるかなって言うだけの理由でした。

農薬も使う気はなかった。
自然にあるものを使いたいと言う考えが根底にあり
自宅の庭でも枯れ枝を使って誘引したりと、
自然栽培の芽が自分の中にあったようです。

その畑での作業中、時期は違いますが虫に刺されることが2回。
刺されている時の感覚もわかるくらいの痛み。
みるみる腫れて。。。 ハチではないと思われます。
みた感じ大きなハエっぽかったような。

そうなると畑に行くのが怖くなり、行く頻度が減り
草ボーボー。。。
お隣の方に迷惑かけてたなと思います。
それもあったけど、そんなに楽しくなかった気がします。


いま、自然栽培の畑を借りてみて思うのは
通うのが苦ではない。
まぁ、忙しい時は事務的になりますけど。

そして、住まう虫が違う気がしてます。
やや優しい感じ?

私をブッ刺したあの虫の攻撃性を、今の畑では感じない。
たまたまだとは思いますが、穏やかな気がするんです。

でも本当は、たまたまだとは思っていません笑
環境で人間の質が変わるのと同じだと思います。

高圧線が近くにある事がネックなんですけど
それを超える穏やかさがとても好きです。

私は農家で仕事をしていますが
スピード重視で薬は使う。
大量生産を主としていますので
私のポリシーとは真逆な事をしています。

仕事なので割り切ってやっていますが、
心の中では異論を唱え続けてます。
収入にならないと私たちのお給料は無いわけですし
仕方がないと理解はしていますが
大量に破棄されるプラとビニール。
大量生産ゆえの扱いの雑さと味の淡白さは
見て見ぬ振りをしながらも心苦しいものであります。

何に重点を置くのかは、目的や環境で異なります。
私は趣味の範囲で自然栽培をしているので
こんな勝手な事を言えると分かっています。

コストを減らさないと生き残れないのも知ってる。
政府は農家を減らし輸入中心にしようとしている。
全然農家に優しくないので、環境破壊とか言ってられないのもわかる。

でも本来は、そのような余計な問題を作らず
自然のあるがままにできたら良いのにな。
種も管理され手を加えられ、誰かの利益になるような社会の仕組みに変えられています。

そんなにお金を得てどうすんの?
上層部の人たちのやる事に、そんな疑問ばかり浮かぶ。
命は有限でお金は持っていけないよって思うけど
庶民にはわからない何かがそうさせるのでしょうか?


話は逸れましたが笑

自然栽培にしろ何にしろ
枠に囚われず自分の心に従う。
こうしないといけないって言う縛りを解き放ち
自分が信じる方向に進めていけたらなぁと思います。

私が思う自然農、自然栽培でね。

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