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ワンナイト・クロスオーバー・セッション

 BFCオープンマイクに投稿しました。
 ※BFC=ブンゲイファイトクラブ

はじめに

 オープンマイクに投稿していなかったことを思い出したのと、2000字くらいのスパンで書き殴りたい気分だったので書いてみました。
 文庫ページーメーカーで詰められる一杯の版を選択したので、UDフォントにしたほうがいいかな、と思いつつ雰囲気重視で源暎こぶり明朝を選択。

274/蒼桐大紀/ワンナイト・クロスオーバー・セッション


本文テキスト(1206文字)

 帰宅ラッシュ時間を狙って、ターミナルをまたいで駅につながる陸橋の一角に陣取る。本が詰まったスーツケースを手前に置いて、百均で買ったポスタースタンドに「小説本 一部三〇〇円」と書いた紙と路上使用許可証をつける。唐突にコピー本の路上販売をやろうと思ったのは、自分の程度を思い知ってやめる契機になればと考えたからだった。
「ねえ、一緒にやらない?」
 顔を上げると、ハイティーンらしき女の子が私の前に立っていた。明るい茶色のセミロングヘアがさらさらと揺れている。切れ長の目が印象的な子だった。ギターケースを背負って、三角柱を横に倒したような箱を持っている。私との共通点は年齢と性別くらい。私の返事を待たず彼女は隣で設営を始め、もうマイクスタンドまで立てていた。
「それ、ベースじゃない?」
「うん、そうだよ。だからこっちのスピーカーから音源流す」
「そっちはそれでいいとして、一緒にやるってどうすれば……」
「手でも叩いてくれればいいからさ。いくよ、ワーン、ツー、スリー、フォー!」
 演奏を始めると目で催促してきたので、私は仕方なく手を叩いた。ベースの音が目立つ路上ライブにこちらを見る人もいたが、たかがしれている。そう思ったときだった。
 彼女の歌が始まった。明瞭でよく通る声が切なげな歌詞を、ようやく陽が翳りはじめた七月の空へ歌い上げる。その歌声は昼間の猛然とした暑さが残る大気を震わせ、ゆるやかな引力を放つ。ポツポツと足を止める人が増えていき、一曲歌い終わる頃には十人ほどの観客が私達を半円状に取り巻いていた。
「今日の一曲目でした。ありがとう! あとこっちで、えーっとなんか本売ってます!」
「なんか本ってなんだよ! 小説だよ!」
 そのあまりにも雑な紹介に思わず突っ込んだが、彼女は気にした様子もなくベースをかき鳴らし、「二曲目いきまーす」と高らかに宣言して宵闇に次の音色を響かせた。

 撤収時刻の二十一時。一足先に撤収を済ませた彼女が話しかけてきた。
「ありがとね。あなたが先にやっててくれたから、私も勇気出せた」
 お礼を言われるようなことじゃなかった。全ては彼女が勝手にやったことで、私はなにもしていない。本が売れたのだって、きっと彼女の歌に当てられたからだろう。
「そんなことないって。こういうとこのお客さんは正直だよ。私もだけど」
 彼女はにっと笑うと、さっき買った私の本を掲げてみせた。
「じゃあね。くじけそうになったら、これ読んで今夜のこと思い出すよ」
 そう言って踵を返した彼女を見送って、私はスーツケースを見下ろした。半分くらいの重さになったそれを持ち上げ、月と星と街灯が照らす陸橋を歩きはじめた。その重さと彼女の言葉がなによりの証明である気がした。
 もしかしたら、私の小説も捨てたものではないのかもしれない。
 つかの間の交錯がもたらした契機を感じながら、ふと生きようと思った。


おわりに

 短いからこそ丁寧に。創作は横を走っている誰かの存在に支えられることが多いです。 私の体験が情景に反映されているので、O駅とK駅が混じっています。
 今年もBFC6が開催される気配が漂い始めました。
 おおよそ10月。なんとなく別の原稿の追い込みとかぶりそうな予感がするのですが、挑戦してみようと思っています。

ご支援よろしくお願いします。