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第1話『ポーン23』

はじめに順応したのは、子供たちだった。
IT関連の製品を作る業界最大手、エイデン社が世に送り出した、コンタクトレンズ型ウェアラブル端末、『eye-think:3』。
眼に装着することで、脳波と視覚を用いてデジタルコンテンツにアクセスすることが出来る端末だ。
また、専用のBluetoothイヤフォンを用いることで、音声コンテンツを利用することもできる。
史上最もコンパクトなウェアラブル端末として売り出されたそれは、瞬く間に世界を席巻した。
初めの頃こそ、脳や視力への影響が声高に叫ばれることもあったが、そんなものは、便利さと目新しさの前では何の意味も持たなかった。
端末の普及が急速に進むとともに、当然のこととして、ユーザーの低年齢化が起こった。
今や、『eye-think:3』は小学校高学年から中高生への普及率が最も高いと言われるまでになった。
これは、そんな世界の少年少女の物語りだ。

『第1話:ポーン23』

「おーい、ハルー!」
マサルが、手をぶんぶん振りながら走って来る。
たぶん、あの話しを聞いたのだろう。
だから俺は、マサルの先手を打つことにした。
「オッス、手に入れたよ」
俺のところまで来たマサルに、開口一番でそう言ってやった。
「なんだよ、聞く前に答えるなよな」
マサルはつまらなさそうに口を尖らせた。
思った通りの反応だ。
「わかりきった言葉を言われることほど、面倒なこともないだろ? だから先に言ってやったのさ」
「へぇへぇ、そうでございますか。でもさ、お前、眼検とかどうするんだよ?」
これも、想定していた質問だ。
アイサン——俺たちは『eye-think3』をそう呼んでいる——を手に入れたら、まず気にするのは、眼検と持ち検なのだ。
「抜かりはないよ、マサルくん」
そう言って、俺は眼球を触って見せた。
「うお、もしかしてアイカバー? てことは、今もうアイサンしてんの?」
俺は、眼球からアイカバーだけを外して見せた。
アイサンを使用している時、どうしても眼球に画面が写ってしまう。それを防止するのが、アイカバーだ。
親にねだって、アイサンと一緒に購入した。
そうしないと、眼検ですぐにバレてしまうから。
「学校着く前にコネのID交換しておきたかったからさ。どうせ、マサもつけてんだろ?」
「もちろん」
言うと、マサルもアイカバーを外して見せた。
マサルの眼に、小さくコネの画面が写っている。
コネとは、コネクトというSNSアプリだ。
世界で最も早く登場した、アイサン特化型のSNSアプリで、そのシェアは日本一。
今では、直接口で話すよりも、コネで話すことの方が圧倒的に多い。
いわゆる、中高生のマストってやつだ。
「じゃあ、手っ取り早くアイコンで交換しようぜ。センドるから、レシブる準備してくれ」
マサルはそう言うと、俺の目を覗き込んだ。
俺は、コネを起動し、ID交換の画面を出す。
いくつかある交換メニューの中から、「アイコンタクトで交換」を選択し、受信状態にした。
「よし、準備できた」
準備完了と同時に、マサルのIDが表示された。
「早っ」
マサルは、得意げに笑う。
「ふふーん、これでも発売日から使ってるからな。ナメてもらっちゃ困るぜ」
適当に相槌を打ちながら、マサルのIDを登録する。
フレンドリストに、マサルの名前が表示された。
俺の初めてのコネ友だ。
「ついでに、ポーン23のコミュも送っておくな。入るっしょ?」
言うが早いか、コネの画面に新着メッセージが表示された。
マサルからの「おいでませポーン23」という初メッセージと共に、ポーン23コミュニティへ招待された。
「サンキュ。これが、2年3組のコミュか。でもさ、このポーン23ってどっからとったんだ?」
「23は2年3組ってのは分かるよな? ポーンの方は、駒玉中の駒を英語にしたんだって、ニイクラが言ってたぜ」
駒玉中は、俺たちの通う中学校だ。
「駒? それ本当かよ。なんか怪しくねぇ?」
駒は確か、ピースじゃなかったか。
「さぁね。誰もツッコまなかったし、別にいんじゃね?」
「そういうもんか……うお!?」
ポーン23の招待を受けると同時に、物凄い量のメッセージが画面いっぱいに表示された。
どうやら、マサルは俺と会話しながらも、ポーン23のチャットに参加していたらしい。
そうこうしているうちにも、読み切れないスピードでテキストが流れていく。
その大半は、俺への歓迎の言葉だ。
「お前ら、いつもこんなスピードでやりとりしてんのかよ?」
「まぁね。でも、まだ流れ遅いほうだぜ? キモラの授業の時とか、俺でも読み飛ばすレベル」
確かに、キモラの理科は退屈だ。
そのクセ、寝ていると小うるさく注意してくるからタチが悪い。
「マジかよ。俺、すでに酔いそうなんだけど」
「ま、すぐ慣れるって」
マサルは、俺と会話しながらも、次々とコネに発言を投稿している。
今の俺からすれば、はっきり言って神業だ。
「ほれ、そろそろハルもなんか言えよ。みんな待ってるぜ」
マサルに言われて、初めて俺は、まだコネで一言も発言していないことに気付いた。
「うお、マジか。えぇと、あ、り、が、と、うっと……」
そんな俺の様子を見て、マサルがからかってくる。
「初めは仕方ないけどさぁ、黙って使えないと、学校じゃモロばれだぜぇ」
言うと同時に、コネの画面に「ハルが、つぶやきながら文字打ってるwww」と表示された。
発言者は、もちろんマサルだ。
「お前、馬鹿にすんなよな!」
言いながら、コネへの投稿を行う。
「ありがとう。お前馬鹿にすんな」という発言が表示された。
途端に、マサルが爆笑する。
コネの方も、爆笑を表す「www」が次々と表示された。
「やるやる。最初は言ってることと投稿がかぶっちゃうんだよな」
マサルが、軽く俺の肩を小突いた。
「頭と口を切り離すんだよ。それがコツだぜ。時と場合によるけど、感覚的には、コネ7のリアル3だな。リアルの方は空気とノリだけでしゃべるんだよ。例えるなら、ボイチャしながらFPSするのに似てるかな。会話に集中しながら手癖で操作したり、その逆だったりするじゃん?」
わかるような、わからないような説明だ。
とりあえず、同意しておいた。
「あとは、マバタキをマスターしないとなぁ」
「瞬き?」
瞬きなら、マスターするもなにも、自然と行っている。
でも、おそらく、俺の想像しているものと、マサルが言っているものは違うのだろう。
「マバタキってのは、アイサンのテクの一つさ。アイサンしてると、何かを読む時とか、操作する時にどうしても目が動いちゃうだろ? それだとバレバレだから、瞬きしてる間に読んだり操作したりするのさ。ま、慣れちゃえば、マバタキしなくても目を動かさずに色々できるけどな」
確かに、それはそうだよな、と思う。
アイサンは黒目に装着しているのだから、本来なら、目を動かす必要はないのだ。
しかし、習慣として、目は文字を追ってしまう。
「アイサン使うのも、結構面倒なんだな」
「慣れるまではなぁ。でも、すぐそれがフツーになるよ」
「フツー、ね」
画面上を流れていく文字を眺めながら、本当にこんなものに慣れるものなのかと、少しだけ不安に思った。
「それにしても、これでやっとポーン23全員集合したわけだ」
言いながら、マサルは何かを企む顔になる。
「あ? なんだよ、それ」
俺は、気づかないふりをして尋ねた。
「ほら、ウチのクラスでアイサン持ってなかったのってハルだけだったじゃん?」
それは初耳だった。
「え、マジ? ホリキタとかノグチ、ミチルにリキも持ってんの?」
俺の記憶では、その四人は持ってなかったはずだ。
「あー、そいつらなら、ゴールデンウィーク明けくらいからぽろぽろ持ち始めたぜ」
「マジかよ」
全然知らなかった。
特に、ホリキタなんかは、アイサンに興味すらなさそうな様子だったはずだ。
「ま、気にすんなって。そんなことよりな、全員集合したら、アレやろうぜって話しがあるんだよ」
「アレ?」
俺が疑問符を出しているうちに、コネでも「アレやりますか!」や、「いよいよアレだね!」など、「アレ」についての話題で盛り上がっていた。
「うお、テンションすごいな。でも、アレって何だよ?」
マサルに聞くと同時に、コネにも「アレ?」と発言した。少しずつだけど、慣れてきているのを感じる。
「アレと言えば決まってるでしょ〜」
マサルの言葉と、コネのやりとりがシンクロする。
「今、テレビを騒がしてる大問題!」
テレビを騒がす大問題?
それで、ピンと来た。
「テステロ!」
俺、マサル、そして、ポーン23のメンバー。
全ての発言が一致した。
なんだか、奇妙な高揚感がある。
一体化する快感だ。
これが、コネの面白さなのかもしれない。
「そうかぁ、テステロかぁ。」
「な、面白そうろ? なにせ、ウチの学校じゃ、1組も2組も、3年も1年も、クラス全員がアイサン持ってるなんて他にないからさ。ウチらがやれば、英雄だぜ、英雄!」
マサルは、小躍りしそうな勢いだ。
コネでも、かなり盛り上がっている。
——テステロ。
アイサンが中高生に普及するようになってしばらくした頃に登場した遊びだ。
やり方は単純。
定期テストなどを受ける際、アイサンをつけた生徒たち全員で情報を共有し、テスト結果をコントロールするのだ。
コントロールの仕方によって、いくつか役名がある。
全員の点数を揃えるフラッシュ。
全員で、何かの倍数や出席番号順などに点数を並べていくストレート。
フラッシュやストレートに加えて、間違う問題の答えまで揃えると、それぞれ、ロイヤルフラッシュ、ロイヤルストレートとなる。
そして、全員で100点を取るパーフェクトというのもある。
そんな風にして、テストに仕掛けるテロ攻撃。
略して、テステロってわけだ。
そしてそれは、今、社会問題としてオトナたちのアタマを悩ませている。
「それ、ヤバくないか? バレたら、ただじゃ済まなそうじゃん」
素直な感想だ。
「ちょっと変則的なストレートならバレないって。偶然で通るって」
コネ上でも、同じ反応が沢山出ている。
みんな、やる気なんだ。
それを知った途端、俺の中の「ヤバイ」という感想はすっと消えていった。
バレない様な数字の並びなら、確かに偶然で通るかもしれない。
「んー、そういうことなら、やってみるかぁ」
みんながやるなら俺もやろう。
そんな、軽い気持ちで、俺たちはテステロをすることになった。
期末テストまで、あと一月。
それまでには、アイサンにも慣れるだろう。
「よし、そうと決まれば今日の議題は作戦会議だ! ハル、学校でバレんなよ!!」
言って、マサルは走り出す。
俺は、その後を追った。
マサルの姿を追いかけながらも、目はコネを読んでいる。
既に学校についている奴らは、教科書をアイサンのカメラで撮影し、その画像を基に、テスト問題の予想を立て始めていた。
動機はともあれ、学校行事以外でクラスがまとまるのは初めてだ。
これが、アイサンなのだ。
俺はもう、アイサンの魅力に浸かり始めていた

#小説 #サイバーパンク #青春

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