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Fela Kuty and Africa70/Zombie

最近、ゾンビシーンが出てくる邦画の「カメラを止めるな」が話題になっているようですね。

そもそもゾンビとは、アフリカの土着信仰が、奴隷貿易によって米大陸いもたらされた、ニッチな概念でした。それが一般大衆の間で爆発的に有名になったのは、60年代に米国でゾンビ映画を発明した、ロメロ監督の功績です。雑な死体メイクとぎこちない歩行だけで作れてしまう抜群のさいさんせい。様々な社会批判(消費社会、戦争など)を包含できる、フォーマット面の有用性。ゾンビ映画は、映画業界における、紛れもない一大発明だったようです。
一説には、しつこく迫ってくるゾンビの姿が、ベトナム戦争の民衆ゲリラを惹起させ、トラウマをいい塩梅にくすぐったのだとかなんとか・・。

本曲は、10分強の長い曲。小気味よいインストの後に、“ゾンビ~、ゾンビ~”というコーラスとボーカルの暢気な掛け合いがあります。しかしそのないようはシリアス。独裁者の手駒に堕した自国ナイジェリアの軍隊を、ゾンビに例えて徹底的に揶揄したものです。
ベトナム戦争では兵士がゾンビに怯えていましたが、本曲は、兵士自身がゾンビになっていると。この反逆精神こそが、フェラクティが英雄たる所以です。

彼は、ナイジェリアの中では裕福な出自だったようで、英国留学経験もあり。そこで身につけたラテンジャズの語法に、なんとなくアフリカっぽいフレーバーをまぶしたのが、僕の思う「アフロビート」の実態です。決してアフリカの伝統音楽ではない。それでも、アフロビートが金持ちの道楽ではなく英雄の音楽とみなされたのは、独裁政権と戦い続けた、フェラクティの生き様によるところが大きいかと思います。
なにしろ、ライブをうとむ治安当局に逮捕されるのは日常茶飯事。ついには自分の家を“国家”と称して独立宣言し、政府と全面対立。軍隊に家を蹂躙されたという逸話もあるのですから。
この時、家にせまる軍隊の姿をネタにしたのが、ほかならぬ本曲「Zombie」なわけです。
当世風にいうと、「マイクを止めるな」ってとこでしょうか。しびれますね。メロメロですね。

閑話休題。彼の息子のフェミクティもミュージシャンで、父親よりも格段に洗練された音楽をやっています。けどその血筋から、評論家から、あくまで“アフロビートの後継者”みたいな奉られ方をしている印象。なんともったいない。ぜひ、父親を神格化して思考停止しているゾンビ評論家どもを蹴散らして、自由に暴れてほしいあぁと思います。

https://www.amazon.co.jp/Zombie-8%A1%E6%9D%A5-JAGATARA/Fela-Kuti/dp/B00004Z4YM

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