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『初めて小説を書き終えてみて』

初めて長編と言える長さの小説を書き終えてみて、書きながら考えていた事や、今後の課題の纏め等。 ---書いたもの--- 今回書いた小説は、字数で十四万字、原稿用紙四百字詰めで四百枚を切る程度の長さ。 元々、推敲前に書き終えた時点では、今より一割ほど多い長さで、しかしその状態であれば公募の要件となる四百枚以内を超えていた為、キャラを一人削り、段落をむりやり纏め、句読点の調整をし、なんとか四百枚を切るようにした。 書いた期間は二カ月、推敲は三週間。 元々が三十代の頃に好きなシー

    • 文採集録 『限りなく透明に近いブルー』:村上龍

      読みながら惹かれた文章に付箋を貼り、読後にその部分を書きだした物です。 物語にも触れる部分は多いので、未読の方にはお薦めしません。 ================================ 「リュウ、あなた変な人よ。可哀そうな人だわ、目を閉じても浮かんでくる色んな事を見ようってしてるんじゃないの?うまく言えないけど本当に心からさ楽しんでたら、その最中に何かを探したり考えたりしないはずよ、違う? あなた何かを見よう見ようってしてるのよ、まるで記録しておいて後でその研

      • 文採集録 『沈黙』:遠藤周作

        読みながら惹かれた文章に付箋を貼り、読後にその部分を書きだした物です。 物語にも触れる部分は多いので、未読の方にはお薦めしません。 ================================ 何を言いたいのでしょう。自分でもよくわかりませぬ。ただ私にはモキチやイチゾウが主の栄光のために呻き、苦しみ、死んだ今日も、海が暗く、単調な音をたてて浜辺を噛んでいることが耐えられぬのです。この海の不気味な静かさのうしろに私は神の沈黙を ーー 神が人々の嘆きの声に腕をこまぬいたま

        • 『2分間の距離』(後編)

          会社で2年目になったある日、上司から僕の仕事を新人にさせて、僕は9時からの通常出社になるという達示があった。 勿論、嬉しい。しかし、おそらく騙されてこのクソ業務をさせられる新人に対して後ろめたさがないわけではない。とは言え、これも世の常と、有難く達示を受け入れることにした。 そして、最後の6時出社の日の朝、僕は最後の2分間に臨んだ。 いつも通り、スタートは僕が一番早い。 階段を上がるのも、渡り廊下を走り切るのも、きっと後ろにはギバさんが追いかけてきているはず、そして、その後ろ

        『初めて小説を書き終えてみて』

          『2分間の距離』(前編)

          某県、中央駅乗り換え、〇〇本線上り、午前5時20分。 毎朝の2分間の勝負、僕は到着した電車から飛び出し、60段の階段を駆け上り、4線分の渡り廊下を走り抜け、60段の階段を下り、電車の出発を告げる改札のベルが鳴り始める直前で、階段降りてすぐの車両に飛び乗り、そしてぜぇぜぇと息を切らす。 いつもの3人のおじさん達と共に。 一体、何故、ここまでタイトな乗り換えシフトを組んだのだろう? JRに対しては本当に腹が立つ。 しかし、僕は会社の若いシステム担当者、全国に散らばる拠点が動き出

          『2分間の距離』(前編)

          『火事』(3)

          1章の続き、3話 それからツグエさんは仕事についての詳細を話し始めたので、僕はメモを取りながら聞いた。 開始は17時で開店前の掃除、買い出し、クリーニング店での応対、シェフの仕込みの手伝い、開店は18時からで22時までキッチンの方でシェフの手伝いと皿洗い、お酒造り、手が空いたらホールの方も手伝い。従業員はシェフが一人にバイトがもう一人、全員がベテランなので、当面は誰かの指示に従っておけば大丈夫。終わったら簡単な片付けと賄いを食べて23時に店を閉める。実働10日は練習期間とす

          『火事』(3)

          『火事』(2)

          1章続き、2話 勧められた席に座ると、ツグエさんは黙って店の奥の中央に向かい、レコードプレイヤーの前でこちらを振り向き「どんな音楽聴く?」と聞いた。 僕は”メタル”と答えそうになる気持ちを抑えて、場の空気を読み、「特にこだわりはないです。」と、答えた。 ツグエさんは「あ、そう。じゃあ、店用の奴ね。」と言って、ジャズピアノのレコードを流した。 静まり返った部屋にアナログなピアノの音が流れた。 緊張のせいで、店が無音という事も気付いていなかったが、ビル街の中の騒々しさを忘れる程

          『火事』(2)

          『火事』(1)

          0.エピローグ 1981年夏 パチパチパチ。 僕の家が燃えていた。 僕と母さんの家が燃えていた。 母さんの顔は赤く染まり、だらりと力の抜けた腕が時折僕に触れた。 優しかった隣の家のおばさんが母さんに向かって大声で何かを叫んでいた。 涙を流して母さんを小突き、よろめいた母さんはその場に倒れ、そしてまた立ち上がり、今度は僕の右手を強く握った。 人だかりが沢山出来ていた。 遠くから消防車とパトカーのサイレンが聞こえた。 母さんの手がビクッと震えた。 怒声、叫び声、サイレン、

          『火事』(1)

          『靴磨き屋の幸せ(1)』

          友人がイタリアンレストランを開業したので訪れた。 壁一面の窓の向こうに砂浜が広がる最高の景観だった。 潮の香りと、海のさざ波の音と、遮るものがない彼方まで続く水平線。 こんな所で一日中、日本酒を飲みながらぼーっと過ごしたいな。と思う店だった。 食後に友人が挨拶に来た。 「旨かったよ。おめでとう。」 「ありがとう。」 友人の顔には「いい店だろ?」と言いたげな満足感が浮かんでいた。 僕はワインを一口飲み、砂浜を眺めながら「ほんといい店だよ。」と言い、それから少し前に思い付いた事を

          『靴磨き屋の幸せ(1)』

          『噓吐きの目』(1)

          大学4年の時、レンタルビデオ店でバイトをしていた。 その店は大手のチェーン店ではなく、街にある中程度の規模のレンタル店だったが、当時の地方のレンタル店としては珍しく、黒澤明を始めとする古い邦画や、タルコフスキー等のヨーロッパの名作が置いてあり、そういった作品を喜ぶ常連客に支えられて細々と続いてきた店だった。 そんな店なので、お客でごった返すという事はほとんどなく、店番が一人で一通りの作業を行っても、まだ余裕がある程度だった。 バイトを初めて3カ月程が経ち、一人での店番にも慣

          『噓吐きの目』(1)

          『ヴェンダースのさすらい(仮)』

          他人が自分に向ける目が刺さる様だった。 他人が自分に話しかける声があざける様だった。 仕事を取り上げられ、役職を取り上げられ、それでも組織は動いていた。 組織は僕という存在が元から居なかったかの様に、僕が元居た場所を誰かが喜んで埋め、僕がやっていた仕事を誰かが迷惑そうに引き継いでいた。 急速に僕を排除し、補充と再構築が進む組織は生物のようで、それはシンプルな細胞組織と生命維持機能を持ち、生存本能だけに従い生きているように思えた。 その生物の中では、自らの規則に従う細胞だけが

          『ヴェンダースのさすらい(仮)』

          十六歳のニンゲンシッカク

          僕の通っていた公立高校は、中学時代にクラスで一番成績の良かった子が集まる進学校だった。 中学2年からスパルタ式の塾に通っていた僕は、中学での授業と塾での反復課題の成果で、特に受験勉強という苦労をせずにその高校に入った。 しかし、高校でも授業を聞いておけば成績は維持できる。と高を括っていた目論見はすぐに崩れた。 一気に生徒のレベルが上がった授業に付いていけず、僕は一カ月程で落ちこぼれた。 授業に付いて行くには、家でも勉強しなければいけなかった。 しかし、僕には家で勉強するという

          十六歳のニンゲンシッカク

          僕をセンズリと呼んだ先生

          中学の時の国語教師で僕をセンズリと呼んでいた先生がいた。 公立には珍しい京大出身のおじいちゃん先生。 いつも茶系のツイードのジャケットにグレーのスラックスで、茶色のサーモント型の眼鏡。 横分けで160位で痩せ型。 貧弱な体だったけれど、眼光は鋭かった。 その先生、体型に似合わず気が強いというか胆力があるというか、当時、うちの中学は県下一荒れていると言われていたけれど、ヤンキー共が職員室で暴れた際にも、困り顔で慌てふためく他の先生を気にもせず、ヤンキーと同じテンションでキレまく

          僕をセンズリと呼んだ先生

          作文と女教師と転校生

          子供の頃から作文を書くと褒められる子だった。 小学校の夏休み明け、クラスから1人、学年から9人の代表が選ばれて市の作文コンクールに提出される。 僕は3年から5年まで選ばれて、毎年、入選して賞状を貰っていた。 最初は家族で行った登山、その次は虫取り、その次は4月にあったクラス替え。 正直な所、僕自身は自分の作文が周りと比べて何が良い。という自覚は全くなく、惰性的に書いた作文がいつも褒められる事は意外でしかなかったし、他の代表の子が書いた作文の方が余程か良い物と思っていた。 強い

          作文と女教師と転校生