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こんにちは。

 今日は、東日本大震災後に小学生の避難誘導に関するマニュアルが問題となった仙台高判平成30年4月26日を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 2011年3月11日午後2時46分に東日本大震災が発生し、大川小学校の教職員と児童が校庭に避難し、50分後に近くの高台への避難を決定しました。しかし、教職員と児童らが列を作って歩いているところに津波が襲い、児童72名、教職員10名が死亡しました。児童の23名の父母らが、教員らに過失があったとして、宮城県と石巻市に対して約23億円の損害賠償を求めて提訴しました。

2 仙台高等裁判所の判決

 一審は宮城県と石巻市に対して約14億2600万円の損害賠償が命じられました。第二審の仙台高等裁判所は次のように、宮城県と石巻市に対して約14億3600万円の支払いを命じました。

 学校保健安全法26条ないし29条が、校長等の義務として明文で規定した作為義務は、公教育制度を円滑に運営するための根源的義務を明文化したものという性格を有するから、大川小における在籍児童の在学関係においては、その在学関係成立の前提となる中心的義務として位置付けられる。これに対し、安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるものである。校長等の義務として明文で規定した作為義務は、大川小における在籍児童の在学関係においては、その在学関係成立の前提となる中心的義務であって、ある法律関係の付随義務として信義則上一般的に認められるに過ぎない安全配慮義務とはその性質を異にするから、上記作為義務が、大川小におけ る在籍児童の在学関係成立の前提となる中心的義務として成立する以上、信義則上一般的に認められるに過ぎない安全配慮義務の存否及びその内容について、本件において問題とする余地はない。したがって、第1審宮城県、石巻市らの上記主張については判断する必要はない。
 津波ハザードマップの予想浸水区域図において、予想浸水区域として示された区域は、平成16年報告による地震被害想定調査結果に基づく概略の想定結果において既に浸水域と想定された区域であるため、本件想定地震が発生すれば高い確率で津波が来襲することを意味する一方、予想浸水区域にまでしか本件想定地震により発生する津波が来襲しないことを意味するものではないということができる。平成16年報告による地震被害想定調査結果は、あくまでも概略の想定結果に過ぎず、本件時点において、本件想定地震の地震動により本件堤防が天端沈下(てんばちんか)を起こし、そこから堤内地(ていないち)に北上川の河川水が流入して大川小を浸水させる危険があることを示唆する知見、谷地(やち)中付近よりも下流の北上川の右岸堤防が、堤防の両側から襲う津波の破壊力に堪えられずに破堤し、その場所から遡上した津波が堤内地に流入して大川小が浸水する危険があることを示唆する知見があったにもかかわらず、それらの重要な知見を捨象してなされた想定に過ぎないものであったといえる。勿論、地震や津波が発生した場合に起こり得るあらゆる自然現象を全て条件として設定した上で被害想定を行うことは不可能である。しかし、条件として設定されなかった(捨象した)自然現象は、想定を行う際の条件から外されただけであり、自然現象として生起しないことが科学的に確認されたわけではない。上記のとおり、平成16年報告による地震被害想定調査結果に上記の各知見を総合すれば、大川小が本件津波浸水域予測による津波浸水域に含まれていなかったとしても、大川小が本件想定地震により発生する津波の被害を受ける危険性はあったといえる。したがって、概略の想定結果である平成16年報告による地震被害想定調査結果を引き写したに過ぎない本件津波ハザードマップが示す予想浸水区域図は、予想浸水区域の外には本件想定地震により発生する津波が来襲する危険がないことを意味するものではないと「浸水の着色の無い地域でも、状況によって浸水するおそれがありますので、注意してください。」、「図中の浸水予測範囲はあくまでも予測結果で、浸水予測範囲以外のところも浸水する可能性がありますので、十分注意してください。」と記載されていたのは、上記のような本件津波ハザードマップが示す予想浸水区域図の性格を裏付けるものである。
 校長、教頭及び教務主任は、本件安全確保義務の内容として、大川小の危機管理マニュアルを、大川小において、少なくとも、津波警報の発令があった場合には、第二次避難場所である校庭から速やかに移動して避難すべき第三次避難場所とその避難経路及び避難方法を定めたものに改訂すべき義務を負ったというべきであり、その改訂義務は、本件時点において、個々の在籍児童及びその保護者との関係で、校長、教頭及び教務主任を拘束する規範性を帯びることになったものと認めるのが相当である。
 大川小の危機管理マニュアルは、少なくとも、津波警報の発令があった場合には、第二次避難場所である校庭から速やかに移動して避難すべき第三次避難場所とその避難経路及び避難方法を定めたものに改訂されるべきものであったということができるから、市教委としては、大川小から送付された危機管理マニュアルの内容に上記定めがあるかどうかを確認し、仮にその定めに不備があるときにはその是正を指示 ・指導すべき義務を負ったというべきであり、その義務は、平成22年5月1日以降、個々の在籍児童及びその保護者との関係で、市教委を拘束する規範性を帯びることになったものと認めるのが相当である。
 宮城県の教育事務所及び市教委は、毎年、指導主事を石巻市内の各小中学校に訪問させ、その指導主事が訪問先の学校の当該年度の教育計画の内容を事前に確認しているところ、大川小についても、平成21年度及び平成22年度の両年度にわたり、指導主事の訪問があったものの、本件危機管理マニュア ルの内容については、市教委から派遣された指導主事から何らの指導、助言も受けなかった。これは、市教委による本件安全確保義務の懈怠に当たるというべきである。
 本件時点において、大川小の児童を三次避難させるための最も有力な第三次避難場所の候補は、「バ ットの森」であったといえる。そして、大川小の正門から「バットの森」までは、低学年の児童の足でも約20分で到達することが可能であった。 したがって、本件危機管理マニュアル中の第三次避難に係る部分に、第三次避難場所として「バットの森」を定め、かつ避難経路及び避難方法について、三角地帯経由で徒歩で向かうと記載してあれば、教頭が大津波警報の発令を知らせる防災行政無線を認識した午後2時52分の直後に「バットの森」への三次避難を開始することにより、午後3時30分までには十分標高20mを超える「バットの森」に到達することができ、本件津波による被災を回避できたはずである。避難経路上には、避難場所としては不適当な三角地帯やそれよりも標高の低い場所が約400mあったが、いずれも、三次避難の開始を早めることにより、津波が到達する前に通過することが可能であった。
 父母らは、その損害額について、本件の事案が、児童の安全を守るべき立場にある市教委、校長、教頭及び教務主任が被災児童の命を無為無策のまま失わせたという類を見ない責任重大なものであり、予期せぬ我が子の死に直面した父母らの悲嘆と苦悩は著しいから、父母らが抱く我が子を取り戻したいという気持ちを本来そのまま請求とすべきところに代えて、被災児童の死亡及び本件事後的違法行為により被った苦痛の全体に対する、金額にして数百億円を下らない「制裁的要素を反映した満足感情の実現」としての損害賠償が認められるべきであると主張する。しかしながら、不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させ ることを目的とするものであり、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止を目的とするものではなく、加害者に対して損害賠償義務を課することによって、結果的に加害者に対する制裁等の効果を生ずることがあるとしても、それは被害者が被った不利益を回復するために加害者に対し損害賠償義務を負わせたことの反射的、副次的な効果にすぎないと解するのが相当であって、このことは国賠法に基づく損害賠償請求においても同様と解すべきである。したがって、その余の点について判断するまでもなく、父母らの上記主張を採用することはできない。
 被災児童は、いずれも、死亡当時、健康な子供であったことが認められるから、被災児童が本件津波による被災に遭わなければ、各年齢から67歳までの間、全労働者の平均収入を下回らない程度の収入を得ることができたものと推認される。父母らは、被災児童の逸失利益の算定に用いる基礎収入は、将来の男女間の収入格差の解消を前提に、平成24年賃金センサスの学歴計・全年齢による男子労働者の平均年収額529万6800円を採用するのが相当であるとし、被災児童が就労する将来の時期には、少子化の進行や平均余命の延長により、就労可能期間は長くなっていると考えられるから、就労可能期間は75歳まで、生活費控除率は30%とし、2020年以降は年3%の割合で中間利息を控除するのが相当であると主張する。しかし、被災児童の逸失利益の算定に当たって前提となる基礎収入については、男女の雇用機会や賃金の格差が将来の被災児童の就労可能期間のうちに解消され、双方の雇用条件がその中間に収束することを前提とするのが相当であることから、被災児童の死亡時である平成23年の賃金センサスの男女計・学歴計・全年齢による労働者の平均年収額を用いるのが相当である。また、被災児童の就労可能期間は18歳から67歳までの49年間、生活費控除率は40%とし、年5% の割合で中間利息を控除するのを相当と認める。したがって、父母らの上記主張を採用することはできない。
 そこで、被災児童の逸失利益については、平成23年賃金センサス第1巻第1表男女計・学歴計・産業計・企業規模計による労働者の平均賃金470万9300円を基礎とし、被災児童が18歳に達する時期から67歳に達するまでの49年間について上記基礎収入に相当する得べかりし利益を失ったものと認めるのが相当である。そして、ライプニッツ方式に従い年5%の割合で上記得べかりし利益について被災児童の死亡時以降67歳に達するまでの間の中間利息を控除して死亡当時の各被災児童の逸失利益の現価を算定すると、次の算定式のとおりとなる。

470万9300円×(1-0.4)×{(死亡時から67歳までの各年数に対応するライプニッツ係数)-(死亡時から18歳までの各年数に対応するライプニッツ係数)}

 被災児童は、死亡当時、いずれも8歳から12歳の小学生であり、両親や祖父母らの愛情を一身に受けて順調に成長し、将来についても限りない可能性を有していたにもかかわらず、本件津波によって、突然命を絶たれてしまったものである。また、被災児童は、本件地震発生直後は、大川小の教職員の指導に従って無事に校庭に二次避難し、その後も校庭において二次避難を継続しながら教職員の次の指示を大人しく待っていたものであり、その挙げ句、三次避難の開始が遅れて本件津波に呑まれ息を引き取ったものであって、死に至る態様も痛ましいものであり、被災児童の無念の心情と恐怖及び苦痛は筆舌に尽くし難いものと認められる。
 以上の事情に鑑みると、被災児童の死亡慰謝料としては、それぞれ2000万円を認めるのが相当である。
 被災児童については、いずれも平成23年末頃までに葬儀が執り行われたことが認められるから、葬儀費用として、それぞれ150万円を認めるのが相当である。
 父母らそれぞれの固有の慰謝料として、被災児童1名当たり各500万円を認めるのが相当である。よって、第1審父母らの本件各控訴及び第1審宮城県、石巻市らの本件各控訴に基づき、原判決を変更する。

3 防災対策における組織的な過失

 今回のケースで裁判所は、大川小学校は石巻市作成のハザードマップで予想浸水区域に入っていなかったものの、そのマップが依拠した宮城県作成の2004年津波浸水域予測は概略の想定にすぎず、津波の被害を受ける危険性はあったこと、市教育員会が大川小学校の危機管理マニュアルの定めを指導、監督、是正すべき義務があったとして、宮城県と石巻市に対して損害賠償を命じました。
 小学校の校長らがハザードマップを妄信せずに、さまざまなデータと実際の立地環境から防災の備えをしておくべきとされた点が注目されましたね。

 では、今日はこの辺で、また。


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