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春の波涛事件

こんにちは。

 日本の近代女優第1号と呼ばれている川上貞奴さんは、1899年にアメリカに渡って日本舞踊で観客を虜にし、マダム貞奴として大ブレイクていたようです。野茂選手がメジャーリーグで活躍したときからさかのぼって、95年前の出来事だったことにビックリしますね。

 さて今日は、川上貞奴の生涯を描いたNHK大河ドラマ「春の波涛」の著作権が問題となった「春の波涛事件」(名古屋高判平成9年5月15日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 山口玲子氏は、株式会社新潮社から『女優貞奴』を出版していました。山口氏が1985年1月から放送されていたNHK大河ドラマ「春の波涛」を見ていたときに、自身の作品の表現、主題、構成などが剽窃されていることに気づいたため、著作権侵害を理由に、脚本家の中島丈博氏とNHKを相手に800万円の損害賠償を求めて提訴しました。

2 山口玲子の主張

 これまで刊行されていた著書では、貞奴をその夫である川上音二郎の蔭に隠れた女性としか描かれておらず、貞奴自身の社会的活動や生涯をまともに評価したものはなく、演劇史上及び女性史上の貞奴の位置づけもなされていませんでした。だから私の著書には、従来の著作物には見られない独自性や創作性があります。NHKの大河ドラマは、貞奴が「女性として主体的に生きて女優業を切り開いた」という内容の主題、「女優貞奴の構図」に記載されたような人物の関係など、私の作品と類似する箇所がたくさんあります。これは明らかに著作権侵害です。

3 中島丈博氏らの主張

 山口玲子氏の『女優貞奴』は、NHKから送られてきた膨大な参考資料の中にあり、私は膨大な参考資料のひとつとして読みました。そこで描かれていたのは、多くの資料の中から貞奴に関する事実関係を点検・再整理した資料の集大成で、物語性は全くありませんでした。私の作家としての関心は「自然の一部としての人間の赤裸々な姿」にあって、山口氏の関心とはもともと本質的に相容れないものです。
 また、原作者の許諾を得る必要があると考えているのは、その作品のストーリーをそのまま敷き写しにして、脚本を作る場合です。逆に、数行の新聞記事からインスピレーションが沸き、脚本を書く場合にはその記事の著者に対して原作者の許諾を得る必要はないと考えています。山口氏の作品は、歴史的事実として公表されている以上、その事実自体が著作権の保護の対象となるものではないはずです。

4 名古屋高等裁判所の判決

 ドラマ・ストーリーのうち、第四章「日本脱出」、第五章 「海外巡業」の大部分はNHK大河ドラマ作品の題材と筋が山口氏の作品と共通していると認められるのであるが、これらの部分についても他の部分と独立して著作物性を認めることができるかは疑問であるうえ、その該当箇所の大部分は、原判決も説示するとおり歴史上の事実であるか、先行資料に表れている事実である。これらの点からすると、山口氏の一部侵害の主張は結局採用することができない。よって、山口氏の控訴を棄却する。

5 2017年にDVD化

 今回のケースで裁判所は、山口玲子氏の著書とNHK大河ドラマの内容が類似する点について、歴史上知られた事実であったり、先行資料で明らかにされている事実であったことを理由に、著作権侵害には当たらないとし、その後の最高裁でも上告が棄却されて、この名古屋高等裁判所の判決が確定しています。
 NHK側の勝訴を受けて、2017年にようやく「春の波涛」の完全DVDが販売されるようになりました。長く望まれていた名作を再び見ることができるのは、うれしい限りですね。
 では、今日はこの辺で、また。


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