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全農林警職法事件

こんにちは。

 昭和33年に、岸信介総理大臣が警察官等職務執行法を改正する法案を提示すると、「警察官が凶器の所持を名目に令状なしの身体検査ができるようになるのではないか」、「保護を目的とする留置を可能にするのではないか」といった不安が国民に広がりました。警察官の権限の強化に反対する団体は「デートもできない警職法」というキャッチフレーズで、抗議活動を活発化させ、国会の運営が困難となる騒動に発展していました。

 そのような時代において、公務員がストライキへの参加をあおることが犯罪に当たるのかどうかを考える上で、「全農林警職法事件」(最大判昭和48年4月25日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 昭和33年、岸内閣が警察官職務執行法の改正案を提出したところ、全国各地で反対運動が起きました。農林省の職員によって組織されていた全農林労働組合の幹部だった鶴園哲夫も、警職法改正に反対する行動の一環として、「組合員は警職法改悪反対のため所属長の承認がなくても、11月5日は正午出勤の行動に入れ」という指令を出し、さらにその午前中に農林省前で人垣を築き、机や椅子でバリケードをはって、農林省職員約2500名を入庁させないようして、「警職法改悪反対の職場大会に直ちに参加するように!」と訴えかけました。すると、このあおり行為が、国家公務員法によって禁止される争議行為にあたるとして、警察に逮捕され、その後に起訴されました。 

2 検察側の主張

 被告人は、公務員の勤務時間内に、2時間の職場大会を実施し、他の職員にも参加するように説得していた。しかも、農林省当局により職場大会を直ちに中止し、執務するよう指示がなされていたにもかかわらず、これを斥け、正規の勤務をしなかったのである。これは、国家公務員法が禁止している争議行為の遂行をあおることにあたるので、被告人に有罪判決を求める。

3 鶴園哲夫の主張

 そもそも憲法は、すべての国民に団結権、団体交渉権、団体行動権といった労働基本権を認めている。この憲法に違反して、国家公務員のストライキ権などを制限する国家公務員法は無効にすべきなので、私は無罪になるはずだ。しかも、今回の裁判の提起は、警察官職務執行法改正に反対する者に対する報復手段としてなされたものなので、公訴権の濫用だ。

4 最高裁判所大法廷判決

 憲法28条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利」、すなわちいわゆる労働基本権を保障している。この労働基本権の保障は、憲法25条のいわゆる生存権の保障を基本理念とし、憲法27条の勤労の権利および勤労条件に関する基準の法定の保障と相まつて勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。このような労働基本権の根本精神に即して考えると、公務員は、私企業の労働者とは異なり、使用者との合意によつて賃金その他の労働条件が決定される立場にないとはいえ、勤労者として、自己の労務を提供することにより生活の資を得ているものである点において一般の勤労者と異なるところはないから、憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶものと解すべきである。ただ、この労働基本権は、右のように、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れないものであり、このことは、憲法13条の規定の趣旨に徴しても疑いのないところである。
 公務員の争議行為は、公務員の地位の特殊性と勤労者を含めた国民全体の共同利益の保障という見地から、一般私企業におけるとは異なる制約に服すべきものとなしうることは当然である。
 しかしながら、公務員についても憲法によってその労働基本権が保障される以上、この保障と国民全体の共同利益の擁護との間に均衡が保たれることを必要とすることは、憲法の趣意であると解されるのであるから、その労働基本権を制限するにあたっては、これに代わる相応の措置が講じられなければならない。そこで、わが法制上の公務員の勤務関係における具体的措置が果して憲法の要請に添うものかどうかについて検討を加えてみるに、公務員たる職員は、法定の勤務条件を享受し、かつ、法律等による身分保障を受けながらも、特殊の公務員を除き、一般に、その勤務条件の維持改善を図ることを目的として職員団体を結成すること、結成された職員団体に加入し、または加入しないことの自由を保有し、さらに、当局は、登録された職員団体から職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、およびこれに付帯して一定の事項に関し、交渉の申入れを受けた場合には、これに 応ずべき地位に立つものとされているのであるから、私企業におけるような団体協約を締結する権利は認められないとはいえ、原則的にはいわゆる交渉権が認められており、しかも職員は、職員団体の構成員であること、これを結成しようとしたこと、もしくは これに加入しようとしたことはもとより、その職員団体における正当な行為をしたことのために当局から不利益な取扱いを受けることがなく、また、職員は、職員団体に属していないという理由で、 交渉事項に関して不満を表明し、あるいは意見を申し出る自由を否定されないこととされている。ただ、職員は、その地位の特殊性と職務の公共性とにかんがみ、国公法98条5項により、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業(ひぎょう)、怠業その他の争議行為または政府の活動能率を低下させる怠業的行為をすることを禁止され、また、何人たるを問わず、かかる違法な行為を企て、その遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおってはならないとされている。そしてこの禁止規定に違反した職員は、国に対し国公法その他に基づいて保有する任命または雇用上の権利を主張できないなど行政上の不利益を受けるのを免れない。しかし、その中でも、単にかかる争議行為に参加したにすぎない職員については罰則はなく、争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおり、またはこれらの行為を企てた者についてだけ罰則が設けられているのにとどまるのである。 以上の関係法規から見ると、労働基本権につき前記のような当然の制約を受ける公務員に対しても、法は、国民全体の共同利益を維持増進することとの均衡を考慮しつつ、その労働基本権を尊重し、これに対する制約、とくに罰則を設けることを、最少限度にとどめようとしている態度をとっているものと解することができる。
 このように、その争議行為等が、勤労者をも含めた国民全体の共同利益の保障という見地から制約を受ける公務員に対しても、その生存権保障の趣旨から、法は、これらの制約に見合う代償措置として身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についての周到詳密な規定を設け、さらに中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院を設けている。ことに公務員は、法律によって定められる給与準則に基づいて給与を受け、その給与準則には俸給表のほか法定の事項が規定される等、いわゆる法定された勤務条件を享有しているのであって、人事院は、公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について、いわゆる情勢適応の原則により、国会および内閣に対し勧告または報告を義務づけられている。そして、公務員たる職員は、個別的にまたは職員団体を通じて俸給、給料その他の勤務条件に関し、人事院に対しいわゆる行政措置要求をし、あるいはまた、もし不利益な処分を受けたときは、人事院に対し審査請求をする途も開かれているのである。このように、 公務員は、労働基本権に対する制限の代償として、制度上整備された生存権擁護のための関連措置による保障を受けているのである。
 以上に説明したとおり、公務員の従事する職務には公共性がある一方、 法律によりその主要な勤務条件が定められ、身分が保障されているほか、適切な代償措置が講じられているのであるから、国公法98条5項がかかる公務員の争議行為およびそのあおり行為等を禁止するのは、勤労者をも含めた国民全体の共同利益の見地からするやむをえない制約というべきであって、憲法28条に違反するものではないといわなければならない。 
 公務員の争議行為の禁止は、憲法に違反することはないのであるから、何人であっても、この禁止を侵す違法な争議行為をあおる等の行為をする者は、違法な争議行為に対する原動力を与える者として、単なる争議参加者にくらべて社会的責任が重いのであり、また争議行為の開始ないしはその遂行の原因を作るものであるから、かかるあおり等の行為者の責任を問い、かつ、違法な争議行為の防遏(ぼうあつ)を図るため、その者に対しとくに処罰の必要性を認めて罰則を設けることは、十分に合理性があるものということができる。
 所論は、要するに国公法110条1項17号は、その規定する構成要件、とくにあおり行為等の概念が不明確であり、かつ、争議行為の実行が不処罰であるのに、その前段階的行為であるあおり行為等のみを処罰の対象としているのは不合理であるから、憲法31条に違反し、これを適用した原判決も違法であるというのである。 しかしながら、違法な争議行為に対する原動力または支柱となるものとして罰則の対象とされる国公法所定の各行為のうち、本件において問題となつている「あおり」および「企て」について考えるに、ここに「あおり」とは、国公法98条5項前段に定める違法行為を実行させる目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、またはすでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えることをいい、また、「企て」とは、右のごとき違法行為の共謀、そそのかし、またはあおり行為の遂行を計画準備することであつて、違法行為発生の危険性が具体的に生じたと認めうる状態に達したものをいうと解するのが相当である。してみると、 国公法110条1項17号に規定する犯罪構成要件は、所論のように、内容が漠然 としているものとはいいがたく、また違法な行為につき、その前段階的行為であるあおり行為等のみを独立犯として処罰することは、これらの行為が違法行為に原因を与える行為として単なる争議への参加にくらべ社会的責任が重いと見られる以上、決して不合理とはいいがたいから、所論違憲の主張は理由がない。
 よって、被告人の有罪の言渡をした原判決は正当であり、被告人らの上告はいずれも棄却する。

5 犯罪行為を明確にすることが重要

 今回のケースで裁判所は、憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶが、公務員の地位の特殊性と職務の公共性を根拠として公務員の労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由があるので、争議行為へのあおりなどの罪を規定した国家公務員法は憲法に違反しないとしました。
 違法性の強いあおり行為だけを処罰すべきだという限定解釈の意見については、裁判官の補足意見の中で「あまりにも抽象的・概括的な構成要件の設定は、法の行為規範、裁判規範としての機能を失なわしめるものであり、いわんや、安易簡便な一般条項を犯罪構成要件のなかにとりこむことは極力これを避けなければならない。第二次大戦前のドイツ法学界において、 一般条項がいともたやすく遊戯のように労働法を征服したとか、一般条項は個々の犯罪構成要件をのりこえてしまう傾向をもつとかと、強く指摘した警告的な主張がなされたことが思いあわされる」と指摘されている点が興味深かったですね。
 では、今日はこの辺で、また。


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