見出し画像

vol.1 AI画像処理と東レエンジの検査装置の話

東レエンジニアリングでは、お客様企業が半導体を製造する際に使用する外観検査装置をはじめ、様々な検査装置を開発・製造しています。検査装置をつくる上で欠かせない技術の一つが、AIによる画像処理技術です。AI画像処理。なんとなくイメージできそうで、どういうことなのかよくわからないこの技術について、当社のAI画像処理技術開発のリーダーに、めちゃめちゃ簡単に説明してもらいました!

今回の【説明する人】
杉原 洋樹さん
東レエンジニアリング
開発部門 開発部 主任技師 
1998年東レ入社、2021年に現部署に異動。学生時代の専攻は制御工学。2022年よりAI画像処理開発に携わっており、現在はチームのリーダーを務める。趣味は登山、サーフィン、キャンプ、そして飼い犬の柴犬「まるくん」を愛でること。
(上記の情報は取材当時のものです。) 


AIは画像を特徴づけるのが得意

―――AI画像処理は、世の中ではどのようなところに使用されていますか?

杉原:一番イメージしやすいのは、やはりスマホの写真ですね。スマホで撮影すると、勝手に人別にまとめてくれたりしますよね。あと、この人とこの人は同じ人ですか?とか。あれはAIが画像を認識して、処理しているからできるんです。SNSのフィルターもそう。帽子かぶせてくれたり、メガネかけさせてくれたりしますね。あれもAIです。

―――AIが顔を認識して、この辺が目だと理解して処理しているということですね? だから、顔を動かしてもメガネがついてくるんですね。

杉原:そうです。そもそも、AIは数字から何らかの法則を見出したり、意味を作って、その意味に従ってデータを分けたりすることが得意。つまり画像を特徴づけるのも得意なんです。こんなふうに、私のスマホでは大量の愛犬写真が集められちゃってます。犬が何匹もいる場合でも、その特徴をAIが認識・処理して、グループ分けしていると思いますよ。

杉原さんのスマホに大量に保存されている柴犬まるくんの写真。
AIが犬を認識して集めてくれている。

検査装置に使われているAIの話の前にそもそも半導体ウエハーとは?

―――ということは、そうした画像を認識して処理するような技術が当社の検査装置にも入っているということですね?

杉原:そうです。まさにスマホでグループ分けしてくれるのと同じように、欠陥の種類を分類してくれます。INSPECTRAシリーズは半導体ウエハーの欠陥を検査する装置ですが・・・。
 
あ、もしかしたら、この半導体ウエハーとは何かを先にご説明したほうがいいですよね?

―――お願いします!
 
杉原:半導体ウエハーというのは、円盤状の板というか、ええと料理でいうと「皿」みたいなものです。素材はシリコンでできています。この皿の上にいろんな素材の薄い膜とか回路をどんどん乗せていって、最終的に小さな正方形とか長方形にカットするんです。すると何枚もカットされたものができあがる。それが皆さんがイメージする黒い塊の半導体チップの元です。

半導体ウエハーをお皿に例えて説明する杉原さん

東レエンジの検査装置にも、欠陥を見分けて分類するAIが搭載されている

―――なるほど! それで、このうすい皿のようなウエハーがきれいであることが重要ということですね。

杉原:そうなんです。皿がきれいな皿じゃないと、うまく料理が乗ってこない。つまり、回路などを乗せる前後の様々なタイミングで、ウエハーに欠陥がないかどうかを確かめるのが極めて重要なんです。その検査装置が当社の半導体外観検査装置 INSPECTRA(インスペクトラ)シリーズです。先ほどスマホの写真画像をAIが判別するという話をしましたが、INSPECTRAにも画像を認識して処理するAIが搭載されていて、ウエハーの欠陥の種類を瞬時に見分けて、分類します。そこの精度がとても高く、処理スピードが速いのが特徴です。

ウェーハ外観検査装置INSPECTRA®SR-IV

―――INSPECTRA®シリーズは半導体外観検査装置では国内シェアが8〜9割ありますよね。

杉原:そうですね。その背景には、電気自動車などの大きなものを動かすためのパワー半導体需要の高まりもあります。実はパワー半導体の欠陥を見つける検査は、従来の半導体検査に比べてすごく難しいんです。

―――それは、なぜなんですか?

杉原:パワー半導体のウエハーは、通常のウエハーに比べると表面がザラザラしているからなんです。大変大きい電流が流れるので、表面に微細な荒れ加工がされていて、検査において、それが荒れ加工なのか、欠陥なのか、見分けがつきにくい。

―――漬物に味をしみこみやすくするために、きゅうりを叩いて表面積を大きくしたら、欠陥が見分けづらくなった。みたいな?

杉原:そうです(笑)。でもINSPECTRAは見つけられるんです。そうした検査精度の高さ、そして処理スピードの速さ、加えて、欠陥を学習させやすいAIが搭載されているということも大きい。トータルで使い勝手がいいと評価をいただいています。

―――精度と速度はトレードオフなイメージですが、なぜ両立できるのですか?

杉原:そうですね。基本はトレードオフです。しかし、当社では、AIソフトを実行させるためのソフトウェア製作用のプログラミング言語を画像処理が得意な言語に移植したり、複数の欠陥画像を同時処理できるようにしたりすることに加え、精度と速度の両立を狙ってAI業界の中で最先端のAI技術を採用するなど、開発段階で様々な試行錯誤を行って実現しました。

子育てもAIも育て方が重要!

―――なるほど!それは大きなアドバンテージですね。
では、欠陥を学習させやすいAIとはどんなものなんですか?そもそもAIに学習させるには、具体的にどういうことをするんですか?

杉原:AIは、最初は当てずっぽうな答えを出してくるものなんですね。で、その答えに対して、「ここは違うよ」と教えてあげると、AIがロジックを変えて「こういうことですか?」と返してくる。その繰り返しで、だんだん学習してくれる。子育てみたいなものです。

―――学習教材の添削サービスみたいなものですね。ていねいにコメントしてくれる感じで。

杉原:そうですね。子育ても、添削サービスもそうですけど、どう教えるかでその子がちゃんと学習して自分で考えていけるようになるのかが決まりますよね。なので、教え方は大変重要ですし、そこが差別化できるところなのかなと思います。

―――INSPECTRAが優秀なのは、AIの育て方が上手だったからとういことですね。

杉原:そうなんです! 例えば、検査装置には数万の欠陥データを覚えさせる仕込み作業が必要なのですが、その量は膨大で、お客様はその仕込み作業に時間をとられることが多いのです。世の中の多くの検査装置は、装置に覚えさせる欠陥データに対して「あなたはなんとか欠陥です」とオペレーターが一つひとつ教えていくという手法で学習していくことが多いのですが、INSPECTRAは、欠陥を分類するところもAIがやってくれる。似た欠陥を自動的にグループ化し、人はグループ分けの微妙な部分を修正するだけで仕込み作業ができるようにAIを設計しました。仕込みの時間が減ることでお客様は本来やりたい品質向上の仕事に時間をあてることができるようになります。

AI画像処理は「予測」の領域に?

―――それはお客様にとって価値のある技術ですね。では今後、東レエンジではAI画像処理技術でどんなことに挑戦していくんですか?

杉原:私のチームでは、今「予測」という領域に挑戦しています。大量のデータが時間の流れでどのように変化するのかを見ながら、「何分後にこうなるかもしれない」という現象を解析できるようなAIの開発に取り組んでいます。
 
最終形としてイメージしていただきやすいのは車の自動運転。運転席の前にカメラがついていて、信号とか標識とか歩行者を見るということはすでに行われていますよね。ああいったことができるのは、検査機と同様に、画像処理技術が活用されているからなのですが、今後は、「あの歩行者が怪しい動きをしているから何秒後に飛び出してくるかもしれない」ということがわかるようにしたい。それにはAIの画像処理技術だけでは不十分で、制御工学的なアプローチも必要です。

―――そういう意味では、これから当社が必要とする人材は、AIだけじゃなく、もっと広い視野が必要ということですね。

杉原:AIに詳しいのはもちろんプラスですが、AIを専門に勉強してきた人じゃなくてもいいと思っています。
というのは、お客様企業の困りごとを解決するためには当社が新しい価値を提案することが重要ですので、課題が何なのか、解決にはどんなアプローチがいいのか、いろんな角度から考えられる人のほうがむしろいい。

余談ですが、当社がそもそもAI画像処理に挑戦し始めたのも、当時の開発担当者があるAIベンチャーさんの取り組みに興味を持ったことからなんです。そのベンチャーさんは現在協力関係にあるエルピクセル社さんですが、新薬や創薬などライフサイエンスの分野で、例えば、開発中の新薬を添加すると細胞がどう変化するのか、効く細胞がどんな形になるのかを研究者が効率よく整理するためのAIを開発していました。これ、「自己組織化マップ」という手法なんですが、「これは検査装置にも使えるのでは」と閃いて、結果として、その技術を応用して開発するようになったと聞いています。

―――なるほど。AI技術だけを追いかけるのではなく、世の中の動き、社会のニーズ、そんなことに広く興味を持って、どんなふうにAIを活用できるかを考えられることが大事なんですね。

今日はAI画像処理について、わかりやすく解説していただき、ありがとうございました!当社のAIの進化が楽しみになってきました。