空 第7話
〈 顔 〉
秀夫は夕方になるまで神社の縁の下の隙間でじっとしていた。しばらく眠っていたので気づかなかったが、いつの間にか雨は止んでいた。ただ、眠る前に小さかった水溜りは、かなり大きくなっていた。昼に放り投げた栗は完全に水に浸かっていた。
栗の中の虫が溺れたかもしれないと思って水溜りを覗き込むと、水面に映った自分の顔が見えた。額から頬、そして首の一部が爛れたようになっていた。信じたくはないが、これが自分の顔なのだ。
荷物から手ぬぐいを取り出すと首を覆うように巻いた。そして帽子を目深に被り直して、夕日を右手に歩き出した。
秀夫は人がいない暗い田舎道を進んでいた。暗闇では顔を見られることは無い。夕方なら人とすれ違っても、自分から
「お晩方でございます。」
といえば、相手は大抵、
「お晩方です。子供は早くお帰りなさい。」
と言う。不審者と怪しまれることは無い。
深夜はそもそも道に人がいないから、首に始終巻いている手拭いも外すことができる。しかし、ここ数日の間に急に夜は冷え込むようになった。手ぬぐいは寒さ凌ぎに外せなくなってしまった。
私はもう何日も南に向かって歩き続けているが、果たしてどこへ向かえば良いのだろうか。このまま歩き続けた先に何があるだろうか。誰かに見つかり、迫害されるのだろうか。
そもそも、歩いていることに意味があるのだろうか。どこか見晴らしの良い場所、最期に見たい風景を望める場所を探して、そこに静かに留まった方が、残りの時をより安らかでいられるのだろうか。
歩きながら一晩中、考え続けた。
辺りが白んでくると、朝靄が立ち込めていた。小さな川を渡り、湿地帯をしばらく進むと、日が上り、靄が晴れてきた。視界が開けると、そう遠く無いところに、深い森に覆われた丘が見えた。丘の上の木に登れば、きっと良い見晴らしだろう。
目標が見つかったことで少し安堵したのか、一晩中歩いた疲れと空腹で足が一層重くなった。田園の畦道沿い背の高い藪の中へ潜り込み、昨日の夕方に、道沿いの他所の畑から盗った小さな大根と芋を少しかじって、そのまま眠り込んだ。