空 第14話

〈 幽霊 〉

ナナミちゃんは退院していった。私はサトシくんと病棟の入り口で見送った。
病棟の入り口近くの病室は、両側とも、いつもやけに静かだった。
病室へ戻る途中、また何気なく言ってしまった。
「いいな。ナナミちゃん。本当に羨ましい。私も早く退院するぞ。」
今度は言ってる途中で後悔したけど、遅かった。
「静かに。」
サトシくんは無表情で言った。
「この辺りは静かにね。あと、廊下の奥の、殺菌のマットが引かれている先は行っちゃ駄目。看護師さんから言われたでしょ。本当に行っちゃ駄目だからね。」
急に真剣に言うサトシくんに驚きながら頷いた。
「それに大丈夫だよ。良ちゃんはもうすぐ帰れるから。」
私はまた言ってしまって本当にごめん、という表情でサトシくんを見上げた。
「気にすんな。」
サトシくんはまた何とも思ってないような表情をした。
私はこれから思っていることを全部言うのはやめようと思った。

その日の就寝前、本を読み終わって、次の本をテーブルへ取りに行こうとベッドを降りた。次の本を手に取りながら横のカーテンを開けてみた。
私の病室には窓のないはずの壁にカーテンがあった。そのカーテンを開けると、ガラス越しにサトシくんの病室の閉まったカーテンが見える。なぜか私の病室からサトシくんの病室が見える構造になっていた。
私はガラスを軽く2回ノックした。カーテンが少しゆれた後少し開いてサトシくんの顔が見えた。
「何してるの?」
私は声を出さないで言った。
サトシくんは手に持っていた単行本を私に見せた。プラトンと書いてある。大人の本を読んでいるようだった。しかも、何回も読んだのか、少し本が膨らんでいた。
「私も。」
そう声に出さずに言ってから、次に読もうとしていた幽霊の本を取り出して見せた。そして、自分の長い髪を、本の表紙にある幽霊のように顔の前に垂らして真似をしてみた。サトシくんは笑った。そして何かを紙に書き始めた。
本当はもっと笑いたいけど、胸が苦しくなるといけないからやめとくね。ごめん。
そう書いて私に見せた。
また私は変なことをしてしまったのかな、と一瞬思った。表情で察したのか、サトシくんはまた何かを書いた。
面白かったよ。初めて見たよ。幽霊。ありがとう。
サトシくんは優しく微笑んでいた。
私は少しほっとした。そしておやすみと言って、ベッドへ戻った。
ベッドへ戻ってからも、幽霊の真似しなきゃよかったのかなとか、考えていた。悪いことしたわけじゃないけど、いいことでもないかもしれない、そんな事が実は沢山あるのかもしれない。そう思った。

そして目を閉じた。

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