空 第12話

〈 お八つ 〉

次の日お母さはオレンジと饅頭を持ってきてくれた。それから机の上に重ねてあった本をそのまま持ってきてくれてた。読みたい順で積んだ記憶があった。ちゃんと考えて積んだので、そのまま持ってきてもらえて嬉しかった。
お母さんは花屋のお仕事の日なのですぐに帰った。
病室のドアから帰っていくお母さんに手を振った。部屋に入ろうとした時、サトシくんがマグカップを持って病室から出てきた。
「やあ。」
「あ、どうも。」
サトシくんは昨日の夜のことを何も気にしていないようだった。私は少しほっとした。
「あのね、お母さんがオレンジと饅頭を持ってきてくれたんだけど、一緒に食べようよ。」
「僕あまり食事以外食べないんだ。でも、ちょっと待って。看護婦さんに聞いてくる。」
「うん分かった。」
部屋に入って、とりあえず袋に饅頭3個とオレンジ2個を袋に入れた。程なくサトシくんが戻ってきて言った。
「少し食べたい。机で食べよう。」
「机?」
「広い部屋にあるでしょう。」
「勉強部屋っぽいところ?」
「勉強部屋、まあね。僕の学校みたいなもんだからね。」
「え、先生いるの?」
「週に2回先生が来るんだよ。」
「そうなんだね。学校へ行かなくていいのはいいね。」
「うん。」
サトシくんは黙ってしまった。私はまた変なことを言ってしまった。
私は少し落ち込みながらサトシくんの後をついて行った。
大きな部屋へ入ると、テレビを観ている子はいなかったが、本棚の前のテーブルで、帽子を被った子や大きなマスクをしてる子3人でトランプをしているようだ。その横を通り過ぎて、奥の教室のような場所の椅子に座った。抱えていた袋の中を無駄に覗き込みながら、一つ一つ饅頭とオレンジを机に並べた。
「オレンジどうやって食べる?」
サトシ君はもう何も気にしていなようだった。そんな声だった。私はやっとサトシの顔を見ることが出来た。
「皮を剥いて食べよう。」
「そりゃそうだけど、この皮、結構硬いよ。手じゃ剥けないかも。」
サトシくんは握ったオレンジに爪を当てながら言った。
「大丈夫。かじれば大丈夫。」
私は、何でサトシくんが何故これくらいの事で難しい顔してるのかと思いながら、能天気に答えた。

「ははは。ちょっと待ってて。」
急に笑いながらそう言うと、サトシくんはお茶とコップと缶切りを持って戻ってきた。
缶切りの尖った部分をオレンジに突き刺してそのまま2周くらいしたらちょうどよく綺麗に皮がむけた。
「すごい、いつもこうしてるの?」
「そんなことないよ。初めてだよ。僕そんなに食べないから。」
「そうなの?でもすごい。缶切りでそんなこと出来るなんて知らなかった。ところで、サトシくんは何歳?」
「15歳。中学3年生だよ。君は何歳なの?」
「10歳。」
サトシくんは色白で痩せていて髪の毛はほぼ刈り上げてる。私の隣の家の中学生の女の子よりとても小さかった。小学6年生くらいだと思っていた。

「学校は楽しい?」
サトシ君が予想以上に年上だったので、言葉遣いを改めることにした。
「全然好きじゃない、です。嫌いです。サトシくんは?」
「よく知らない。小学校は4日くらい行ったかな。中学校はまだ行ったことない。今中学3年生だし、一度も行かないで終わりそうな気がするけどね。」
そうだ。よく考えてから言わないといけないって気づいているのに、何気ない言葉でサトシくんをまた傷つけてしまってるかもしれない。
「あの、ごめんなさい。昨日も、退院がいつなのかとか聞いてしまって。今も何となく、ごめんなさい。」
「気にすんな。オレンジ食べよう。」
「うん。」
部屋の入り口で、今日もナナミちゃんが全身で頑張っている。お母さんにへばりついて泣いている。
「ナナミちゃんもたべる?」
私が饅頭を差し出した。ナナミちゃんは首を振った。
「オレンジもあるよ。」
ナナミちゃんに渡そうとすると、
「食べても大丈夫ですか?」
サトシくんがナナミちゃんのお母さんに聞いた。そうだ、ここでは許可なく好き勝手に食べていい人ばかりではなかったのだった。
「大丈夫ですけど、まあ、いいんですか?ありがとう。」
ナナミちゃんのお母さんは微笑むと、ナナミちゃんを見て小さく頷いた。
「ありがとう。ナナミはね、オレンジ好きなんだ〜。」
ご機嫌に食べ始めた。そしてナナミちゃんのお母さんは帰った。
「ナナミはね、明日退院なんだ〜。早く帰って、学校の宿題やるの。ひらがな練習帳は終わったけど、絵がまだ終わってないんだ。」
嬉しさが全身から溢れてくるような満遍の笑みだった。

「おめでとう。」
サトシくんが和やかに言った。
「よかったね。いいな。」
私は微笑んでいるサトシくんに安心しながらナナミちゃん言った。

昼にお母さんが病室に来た時、私がいつ退院になるのか聞いてみたのをふと思い出した。お母さんは、お医者さんから何も言われてないから分からないと言っていた。
その時、私は退屈な入院生活がもう嫌になっていて、お母さんへ沢山文句を言ってしまった。まだ5日くらいしか入院してないのに。隣の病室のサトシくんに聞こえてたかも知れない。もし聞こえてたら、何と思っただろう。
消灯後もつまらない文句を言ってしまったことを後悔した。話す事は実は、そんなに簡単ではないのかも知れないと思った。


そして目を閉じて、英夫の事を考え始めた。

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