日本史の小テスト

私は、佐々木良子。高校2年で16歳。

明日の日本史の小テストの暗記をするために、プリントを凝視しながら校門を出た。たまに塀や他の人にぶつかりそうになるが、構わない。今日はこれを必死にやるしかない。

交差点まで来ると、視界の中のプリントの上の方に、他の人の止まった足が見えた。信号赤なのかな、周りを見渡してみると、確かに赤。だけど何か変だ、みんな怪訝そうな顔で私を見ている。一瞬プリントを片付けた方が良いのかなと思ったが、どうしても明日の小テスト合格しなければならないので、無視する事にした。

そのまま歩き続けて、バイト先のガソリンスタンドの事務所に入った。小テストのことで頭が一杯で上の空になりながらも、出勤している人に適当な挨拶をした。まず、事務所のレジ近くにいたマネージャーに、そしてその隣にいた大木くん(26歳)に、バックヤードにいた西くん(20歳)、女子更衣室にて中山敦子さん(28歳)に挨拶して、制服の青い繋ぎに着替えた。そのガソリンスタンドに勤務する高校生は私1人で、一番年下だったため、一応挨拶をして回ることから始めるようにしていた。

それにしてもこの職場は異様だ。入ってみて気づいた。少し懐かしいような変な感覚。誰と話していても、中学時代のお友達の不良共と話しているような気持ちになる。そう、ここはマネージャーを含め、私以外のスタッフが元暴走族の方々だったのだ。


そしてこの日は、そのプリントを折って胸ポケットに入れておく事にした。洗車中や洗濯中は、ぶつぶつ何か言っていても特に何も問題ないだろうと思ったからだ。

制服の青い繋ぎに着替えながらもぶつぶつ唱えていると

「お良ちゃん、何ぶつぶつ言ってんの?」あっちゃん(中山敦子)が言った。

「明日、日本史の小テストがあって、一発で合格しないと大変なんです。」

「ふーん。で、ぶつぶつ何て言ってんの?」そう言うとタバコに火をつけた。

「26代天皇の継体天皇から今上天皇までの125代天皇(当時)まで、100人天皇の順番を覚えてるんです。漢字も含めて、一人でも間違ったら、再テストなんです。再テストなんて絶対嫌だから、今日はぶつぶつ言ってますけど、気にしないでください。」あっちゃんは多分聞いてなかった。興味無いのに、なぜいつも質問するのかなと思った。

タイムカードを押して、洗濯物を洗濯機へ放り込んで回し、その間に大量のタオルをたたむ。この時間は暗記に最適だ。

「継体、安閑、宣化、欽明、敏達、陽明、、、」私はぶつぶつ唱え続けた。

マネージャーが来た。

「何を覚えてんの?」

「明日の小テストの歴代天皇の表です。」

「それに何の意味があるの?」

「先生曰く、天皇を覚えて、その天皇と関連する権力者と出来事を理解すると、日本史の全体像が理解しやすいらしいです。」まただ、マネージャーも、質問しておいて途中から全く聞いてない。本当にどうなってんだここの人たちは。

「おい、まだ、ケイタイがアンカになってセンコーが喜んだってやつやってんのか?」あっちゃんかニヤつきながら、私の頭を小突いてきた。意外とあっちゃんが私の唱えている呪文を覚えてえて少し驚いたが、私が必死に覚えているのを邪魔しにかかってきているのが少し許せなくなってきた。

「あの、何でこんなに必死でやってるか分かりますか?天皇一人でも間違ったら再テストなんです。再テストは明日の夕方6時半からで、必死で頑張って書いても100人の天皇書くのに20分くらいかかる。そこから学校を飛び出してダッシュしても、ここに着くの夜8時近くなるでしょう。明日のバイトは大遅刻決定になるんです!そうなっても、マネージャー、怒んないでくださいね!」マネージャーを見て言った。

「それから、あっちゃん!もし明日私が大遅刻した場合、働けなくなった3時間分の給料、あっちゃんに請求するからね!しかも、成績下がったら授業料免除無くなるから、それも請求するから!免除じゃなかったら、あんなスカートの制服、我慢してらんないわ!」あっちゃんに向かって、自分でも驚くほど早口な大声を出してしまった。

あっちゃんは一瞬で悲しそうな顔になった。

私はすごく後悔した。学校の事は、あっちゃんには関係ないことだ。むしろ、私を励ましたり応援してくれてる気持ちで、毎度毎度、12歳も下の私を変にからかってくれてるのに。

大木くんと西くんも、何があったの?と言う表情で近づいてくるのが見えた。

その時、4台の車が立て続けに給油に入ってきた。そしてみんな一瞬で散っていった。私も一番遠い給油機へ走った。


その日はずっと誰とも気まずくなった。仕方ない。自分が悪い。どんな風に謝ろうかとずっ考えていた。

22時になり、私とあっちゃんは退勤時間になった。更衣室へ入ると、あっちゃんは携帯を見ながらタバコを吸っていた。私は、何て言えばいいんだ?と必死で考えていた。数分、更衣室のドアの近くで固まっていたようだった。

「いつまでそこに立ってんの?」あっちゃんは、私に一瞥もくれずに言った。

「あ、あっちゃん、さっきはあんな事言ってしまってごめんなさい。」私はやっと謝った。

「ああ。」何とも思ってねーよって感じて言った。

「今日は送ってあげる。早く着替えて車に乗りな。」あっちゃんはそう言うと、私を見てくれた。優しい笑顔で。

「あっちゃん、ありがとう。」私は泣きそうになったけどぐっと堪えた。泣くと疲れるから。疲れたら家でも勉強が捗らなくなる。

「学費払わされるなんて怖い怖い。早く帰って頑張んな。合格しろよ。」とあっちゃんが言った。

あっちゃんは何てカッコいい人なんだ!と思った。私は完全に惚れてしまった。

「うん。頑張る!」私はスキップしそうな気持ちで付いて行った。


次の日、めでたく小テストは合格し、バイトに遅れず済んだ。

みんなに挨拶して回る時、みんなとハイタッチした。

あっちゃんとはハグした。内心かなりガッツポーズした。大好きあっちゃん。

私より遅い出勤だった西くんも、事務所に入るなり

「テストどうだったの〜?」と聞いてくれた。

「おかげさまで合格しました!」とお礼を言った。

「よかったね!」と西くんはニコッと笑った。

このニコニコしている西くんが被っているヘルメットには、「打倒県警!」と書いてある。

あっちゃんの髪の毛は4色くらい混じっていて、何色とか表現できない。

大木くんもマネージャーも前髪の立たせ方が尋常じゃない。

ただ、このガソリンスタンドの中に溢れる愛も、結構、半端ない。

私はここにいれてもらえて、幸せ者だと思った。


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