小説 空気 9 職員室

職員室の入り口まで来ると、どこへ行けば良いか分からずにそのままそこで下を向いたまま立っていた。周りを見渡すと、廊下にもやはり、指を差しながら少し離れたところでこそこそ話している人たちが見えた。私はこれから先生に叱られるのかもしれない。その場面を見に来たのだろう。

その2年生の先生は、怪我をした生徒を保健室へ連れて行くと、職員室へ入った。そして名簿を開き、怪我をした生徒の自宅へ電話をかけた。
中々電話に出ない。

職員室の入り口でまごついている良子を見つけ、手招きをし、自分の隣の席に座るよう席を指差した。

私は指示通りに席に座った。この2年生の先生は、泉先生というらしい。机に名前があった。

怪我をした子の家は誰も不在なようだ。先生は何度か電話をかけ直したが、諦めて受話器を置いてこちらを向いた。

「何でこうなったの?」
先生はやはり、私が怪我をさせたと思っているようだ。
「わかりません。」
私は正直に答えた。
「どうして当たってしまったの?」
「私は当たってません。」
私はうんざりしてきた。
「見たっていう人がいるようだけど。」
40代くらいのその女の先生は、腕と足を組んで、私を見下ろしながら言った。
「そう言われても、私は当たっていません。当たったのは多分、私の隣のその隣の人だと思います。」
「なぜそう思うの。」
「怪我をした子は、あの時、6年生の子と、どちらが先にブランコへ乗るか揉めてたから。」
「じゃ、当たったところは見てないの?」
「見てません。」
「正直に話してくれる?」
時間の無駄だから早く当たったと言いなよとでも言いたげだった。
「正直に話しています。」
私は悲しい悔しいよりも怒りが湧いてきた。
「本当かな?」
泉先生は少し呆れたように冷笑した。

その時、カツカツカツカツと大きなサンダルの音を立てながら、50代女性の私のクラスの担任のが職員室へ入ってきた。そして一直線に私の方へ向かってくるのが分かった。私はこの二人の先生から叱られるのかと思うと、さらにうんざりした。
「うちのクラスの生徒が何か?」
私の担任の川上先生が、泉先生に言った。泉先生は組んでいた足を元に戻していった。
「私のクラスの児童がブランコで衝突して、頭を怪我してしまって。ブランコを当てた子がこの子だと言っている児童がいたものですから、話を聞こうと連れてきました。でも、この子は自分ではないと言っているんですよね。」
泉先生は、嘘つきは困りものだと言いたげだった。

「あの佐々木さん、あなたぶつかったの?」
川上先生は、直立したまま、目だけを私の方に向けて言った。
「ぶつかってません。近くにはいたけど。多分、私の隣の隣のブランコに乗ってた6年生かもしれないと思うけど。名前が分かりませんし。」
安易にあの6年生だとか言えなかった。
川上先生は私の顔を凝視しながら言った。
「あっ、そう。」
そう言うと、また視線だけを泉先生へ変えて言った。
「佐々木さんががやったと言っている児童はは誰ですか?」
「3年生の、名前誰だったかな、、、」
泉先生は立ち上がって左人差し指を耳の下あたりに押し付けながら、必死で思いだような素振りをした。
「小山さんだと思います。」
私の席の前に座る小山が、校庭でこの2年生の担任に何か告げ口をしている光景を思い出しながら言った。
「あ、そうですそうです。」
泉先生が言った。
「小山さん呼んできましょう。」
川上先生は校内放送で、小山さんを職員室へ呼んだ。

小山は大声で、
「失礼します!」
と言うと、大股で堂々と歩いてこちらへ向かってきた。良い事をしていると思っているのだろうか。

「あなたはどこでブランコ見てたの?」
川上先生は小山に質問した。
「えーと、私は昇降口近くの廊下で、5年生の近所の友達と話してました。」
 「あなた、ブランコ見てないの?」
「見てませんよ。6年生の高田くんが、アイツがやったって、ブランコをを指差してたんですよ。ブランコには佐々木さんしか乗ってなかったから。」
私を見てほくそ笑んだ。
「高田くんは見たと言っていたの?」
川上先生は淡々と続けた。
「それは知りません。」
泉先生は急に黙り込んだ。

6年生の高田くんが校内放送で呼ばれた。しかし、中々現れなかった。そのうちに休み時間が終わってしまった。

私は川上先生から教室に戻るようにと言われた。そして絶対に教室から出ないことと念を押された。どこか学校の外へ飛び出したかったが、逃げたら私が怪我をさせたと認めてしまうことになる、そう思うと悔しくなり、ここは川上先生の言う通り、教室にいることにした。

クラスに戻ると、全員に避けられているような気がした。前の席の小山は一瞬振り返ってまたほくそ笑んだ。

授業開始のチャイムが鳴った。しかし授業は始まらなかった。先生が職員室から戻ってこなかった。何かあったのか、やはり、私の事だろうか。

15分程経ち、川上先生が教室へ入ってきた。戸を閉めるなり、私を見た。
「あの、佐々木さん、6年生の高田くんが白状したから。」
歩きながら私に投げられた視線に、私は頷いた。
すると今度その視線は小山に投げられ、
「それから、小山さん、あなた佐々木さんに何か言わないといけないことあるわよね。」
小山は急にいすくまった。
「今日のうちにね。明日には持っていかないで。」
そう言うと、何もなかったように授業を始めた。
私は、川上先生とは意外と話ができるのかもしれないと思った。

帰りの挨拶の後、小山は振り返って言った。
「だって、高田くんが佐々木さんだって言ったの。悪いのは高田くんでしょ?」
そう言って教室を出て行った。
私は苦笑いになった。


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