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ある日の夕食

今日は一人で山で遊ぶことにした。

本当は隣の家の姉妹と遊ぼうと思ったが、玄関のドアのところまで行って、やはりやめた。隣の家のインターホンに手を伸ばそうとしたとき、隣の家のおばさんが、娘たちに向かって

「言う事を聞かないと、良子ちゃん家の子になってもらうよ。」

と叱っている声が聞こえた。私や私の家は、どうやらこの家の人から好かれていないようだ。私は一人で遊ぶことにした。

幼稚園を卒園し、小学校入学まで毎日休みだ。昨日は朝から夜まで砂場で遊んだ。その前の日は、大雨だったので一日中、雨樋を流れ落ちてくる水を眺めたり、水たまりを大きくするために穴を掘ったりしていた。でも今日は天気がいいから、家の裏の森で遊ぼう。そう考えた。

先週も先々週も、おじいちゃんとこの森へ来たので、道順になる木も覚えた。もう一人で行けるようになったと思った。今日はおじいちゃんが家にいないので、お母さんに森へ行っていいか聞いたら、絶対だめと言われそうだから、言わないで行くことにしよう、すぐに帰ってくれば問題ないと思った。

家の後ろの畑をしばらく歩くと墓場に出る。墓場の少し先に、森へ入る獣道がある。その獣道は藪の中をかき分けて進むような道なき道で、藪の上から見える目印の木を頼りに進んでいく。道順が合っていれば、いずれ、栗の木の林に出る。先週おじいちゃんに、この栗林の一番大きな木にブランコを作ってもらった。その木は栗林の奥の方にあった。私はその木に向かって歩いた。

藪の中を歩いている時は、進む方向が合っているのか必死で分からないけど、栗林まで来ると急に体が痒くなる。藪を通るときに、知らず知らずに、植物や枯れ草や小枝で小さな沢山の引っ掻き傷が出来る。それが藪を抜けると急に疼き始める。私は、顔や腕、首を手で掻きながら、ブランコを探した。

栗林の真ん中辺りまで来た時、藪の方から、さささっさささっ、と音がした。

私は咄嗟に木の影の落ち葉が沢山ある柔らかそうな所の上に仰向けに寝転んで、藪の方を見ていた。しばらくすると、キジのつがいが茂みから出てきた。このキジは多分、先週も先々週も見かけた。近くに巣がきっとあるとおじいちゃんが言っていた。

私は眺めていたキジがブランコとは反対の方向の茂みに向かっていくのを見届けた。そしてブランコへ向かおうと立とうとした瞬間、

「ドーン」

という大きな音が辺りに轟いた。藪の中から、男の人の頭が見えた。だんだん近づいてきて藪から出てくると、その人は猟銃を持っていた。そんなに急いでいないので、きっと一発で仕留めたようだった。そしてその人はブランコとは反対の方の茂みに向かっていた。私はすごく悲しくなった。仕留められたのが何か、考えたくなかった。

私は怖くてしばらくその場から起き上がれなかった。その男の人が戻ってくる気配がなさそうだったので、私は帰ることにした。ブランコで遊びたかった気持ちもすっかり忘れてしまっていた。怖かった。怖かったので、起き上がったら止まらずに走り続けた。

墓場くらいまで帰ってきた時、やっと安心した。墓場の入り口でふと立ち止まり、栗林のある方の森を眺めた。大きなカラスが何羽かその辺りを飛んでいた。私はカラスに、誰が撃たれてしまったのか聞けたらなと思った。


その日から、誰と一緒でも森へはあまり行きたいと思わなくなった。

それから何日が過ぎたある日、私は屋根の上で寝そべっていると、おじいちゃんの車が遠くから近っいてくるのが見えた。日に照らされて少し熱くなった瓦を我慢しながら、素足で素早く進み、窓から家に入って、おじいちゃんが到着するのを待った。

「良子、いいものある。あげる」

と言うと、私に何かを放り投げてきた。

私はそれを慌てて受け取った。見てみると、それは鳩だった。死んでいる鳩。胸に打たれた跡があり、乾きかけた血も付いている。

「これ、どうしたの?」私は半分ぬいぐるみかなとまだ思いながら、おじいちゃんに聞いた。

「ああ、大川さんにもらった。」嬉しそうだった。良子も嬉しいだろう?と言う顔をしていた。

「これ、どうするの?」私は怖くなった。この前、間近で聞いた猟銃の音が蘇ってきた。

「うまいぞ。」おじいちゃんは自信満々に言った。

私は全く言葉が出なかった。キジも同じように撃ち抜かれたのかと思うと怖くなった。しかも食べるなんて、そんな悪いこと出来るか、と思った。

おじいちゃんは怯えている私から鳩を受け取り、縁側に新聞紙を敷いて鳩の羽をどんどんむしり始めた。

私は怖かったけど、おじいちゃんの手先から目が離せなくなった。意外と色々な色や大きさの羽があった。どんどんそれらが毟られていき、首と足を切り落とした。そしてお腹を切り開いた。

おじいちゃんの手先を見ながら、森で出会った猟銃を持っていた人も、キジをこんなふうに羽を毟ったのかな、もし撃たれたのがオスなら、赤も青も黒も茶色もシマシマのも、長いのも短いのも細いのもあるのかな、そして頭と足を落とされて、お腹を裂かれたのかな。そんな事を思っていた。


この日の夕ご飯はうどんだった。

テーブルに家族分の器が並べられて、いただきますをした。みんな美味しそうに食べていた。

私は、うどんのつゆの具の中に、あの鳩がいるのが分かっていた。今日の昼くらいまで多分生きてた、夕方までは羽も付いてた鳩。

妹も無邪気に美味しそうに食べている。それを見て、肉をほんの少しだけ食べてみることにした。

美味しかった。

美味しくて安心した。

横を見ると、おじいちゃんが私をじっと見下ろしていた。そして、少し微笑んで「感謝して。」と言って頭を2回ポンポンと叩いてまた食べ始めた。

私も急にお腹が空いてきた。

そして私もやっと、いただきますになった。

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