空 第5話

〈 味噌のおにぎり 〉

秀夫は藪や森の中を選びながら、南方へ進んだ。
藪を進む途中、誤って民家のそばに出てしまった。
住人の女に呼び止められるも、顔を伏せながら藪の中へ戻り、力の限り背の高い篠や草かき分けて進んだ。家からさほど遠くないここで人に見つかりたくはなかった。家や父や母に迷惑をかけたくなかった。
でも、ふと思った。守るべき家って何だろうか。私は強制的に家を出なければならなくなった。それでも守らなければならないと思ってしまう、この家っていうものは何だろうか。
藪の中を走り続けていると、森に囲まれた小さな神社の裏に出た。秀夫はいつの間にか降り始めていた雨に濡れていたことにやっと気づいたが、喉が渇いていてたまらなかった。神社の先に民家が数軒あるが、人の気配は無いようだ。神社の前にある井戸で水を組み、しばらく無心で飲み続けた。
そして神社の裏手にまた戻り、縁の下の隙間へ体をねじ込み、しばらく雨宿りをすることにした。
喉を潤すと急に腹が減り始めた。そこで、藪の途中で拾った山栗の実をいくつか荷物から取り出した。生で食べたことはなかったが、かじってみた。割と新しい実を選んだつもりだったが、木から落ちてから何日も経っていたのだろう、実がかなり湿っていて苦くて渋い汁が口になだれ込んできた。それでも噛み切ってふたつに割ると、中に虫が2、3びき蠢いているのが見えた。とても食えたものではない。秀夫は目の前に出来始めた水溜りに栗を投げ捨てた。そしてカバンの中に残っていた栗も全て投げ捨てた。
秀夫はため息を吐きながら最後の一つのおにぎりを取り出した。母親が一昨日握ったその塩辛い味噌おにぎりをしばらく眺めた。たまらなく腹は減っていたが、温もりが恋しかった。これを食べてしまうと、温もりが消えてしまうようで惜しいような気もした。
でもしばらくすると、家で食事をする家族の姿が目に浮かんだ。私はいない食卓。父さんも母さんも兄さんたちも姉さんたちも意外と普通な日常を送っている。
今頃みんなは何を食べているのだろう。そんなことを想像すると急に激しく腹が立ってきて、おにぎりを一気に口に詰め込んだ。
これからは家や家族のことを思い出すのはやめようと思った。
そしてその日から、昼間は人目につきにくい、日没後に動くことにした。

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