ひのあたたかさ 

 セロトニン不足の最近に終止符を打つべく、手に陽を浴びせビタミンDを作る。地球で受ける日の光がこんなにもあたたかいなら、太陽のまわりに行ったら熱いよりも熱い、まだ言葉のない感覚なんだろうな、そうやって言葉の及ばないところに行けたら、むず痒い気持ちと共に自由を感じられるんだろうなって考える。というより、自由なものであってほしいという願望。
 昨日は、言葉を使うことがしんどくなって記号を新しく作ろうとした。絵は思うように描けないし色塗りだけだと物足りないから、新しい文字を作ろうとした。まだ誰にもわからない言語を。だけど、手を動かしているうち、それに意味を込めた時点でこの線たちは意味の元に縛られてしまうと怖くなって辞めた。ダダの人たちってこんな気持ちだったのかな。ようやく共鳴できた気がした。
 こんな心持ちすらも言葉にしてしまっている時点で、私は言葉から逃れられないんだろうけれど、今世はそれでいいや。
 昨晩はずっと言葉が怖くて辛くて苦しかった。だから何も歌わず小さくギターを弾いた
 ギターがあって良かった。
 それでも弾くのをやめて寝なければいけなかった。もう2時だった。寝る前の何もしてはいけない時間が私には怖い。考えるのをやめるのは上手くなったはずだが、最近は上手くできない。買い出しに行って散歩してご飯作って人と話して浴室をぴかぴかに掃除してお風呂入って、体は十分に疲れているはずなのに、休むのが怖い。あのヒートショックの時のように、立ちくらみからふっと倒れられたら良いなと思う。いや、でもあれは吐き気したからやっぱり嫌、ごめんなさい。
 誰も悪くないのに心がぐちゃぐちゃになった夜は、ぬいぐるみと束になって泣く。そうしたらいつの間にか寝ているのだ。
 傷つく時は相手に悪意がある方がずつと楽なんじゃないかって、いつも思っている。
 今日も日が昇ってよかった。

#日記 #言葉  

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