小話『ハルと都会の街』
とある稲荷神社の神主の家系に生まれたハルは、生まれた時から“和”にまみれた生活をしていた。特に、両親と年の離れた美しい姉は和装姿以外見たことがなかった。なのでハルも今まで洋服というものを着たことがなかったが、さすがに今年から小学校に上がるのだから洋服が必要だと姉と一緒に買い物に出掛けた。見たことのない都会の街。そこでハルは迷子になってしまった。人込みに飲まれてしまい、つい姉の手を放してしまったのだ。石畳の歩道で途方に暮れて、行きかう人や車の波をハルは涙をこらえながら眺めていた。
「ねー、おひなさまー」
ふと、後ろから着物の袖口を掴まれて、ハルは不安に顔をゆがめながら振り向いた。すると、自分より小さな、やっと歩けて話せるぐらいの男の子がちぎれんばかりにハルの着物を掴みながら、ジッとこちらを見上げている。
「君は誰? 」
「ラーのこと? 」
「ラー? 君の名前なの? 」
「うん。ラリ。でも、ラー」
よちよち歩きながら、ラーなのかラリなのかわからない男の子はハルのお腹にピタッと抱き着いてくる。ふんわりと柔軟剤とミルクの香りがハルの鼻先に漂う。小さなラーを眺めていると、ふと自分がしっかりしなくてはと思いハルはラーをギュッと抱き返した。
「君も迷子なの? 」
「ここ、ラーんち」
ラーは茶色の家を指さした。どうやらラーの家は花屋だったらしく、客の要望に応えて女性従業員が様々な花を組み合わせながら、逐次確認を取っているのがショーウインドウ越しから見える。
「あれ、ママなの? 」
「そー、あれママ」
「可愛いママだね」
「うん、ラー可愛い」
「あ、こんなところにおったんか、ハル! 探したやないの」
「姉上! 」
ハルは嬉しくなって声の方向を見た。鶴の絵が描かれた紫色の着物に絞りの帯揚げを身に着けた姉の姿があった。その美しくミステリアスで妖しげな姉の空気に傍を歩いていた人たちが振り返っていく。姉と出歩くと、いつもこんな感じなのだ。
「ところでハル、このちびすけはどないしたん? どっかから連れて来たんやないやろ」
「ううん、この子はこのお店の子だって」
「ラー、ラー」
ラーは姉に手を伸ばして抱っこをせがんでいる。こんなに人懐っこいのも危ないかもしれないとハルは思った。
「何や、ラーっていうんか。かわええなぁ。言葉もろくに話せへんで、まだお肌ぷくぷくやないの」
小さい子供が大好きな姉がラーのほっぺを人差し指でぷにぷにと押している。押されたラーはきゃっきゃと笑った。
「ハル、ここで座って待っててな。姉上はラーを店の中に連れて行くわ。こない可愛い子、外にほっぽってたら誘拐されてしまうやろ」
「うん」
「ラー、ラー!」
姉がラーをひょいと抱き上げて、いそいそと店の中に入っていく。ちょっとすると店の中から笑い声と、独特な姉の話し方が聞こえてきてハルは少し恥ずかしかったが、昔から姉はどんな人にもどんな時でも自分のペースを崩さない。
「さて」
いそいそと店から出てきた姉が今度はハルを抱き上げると、にこりと微笑んだ。
「あの子、ラリって言うんやって。ラーだのラマだの言っているらしいで。で、買ったものは宅配便で家に送っておいたし、あとはジェイドの家で泊まるだけや。eveにぬいぐるみ作ってもらう打ち合わせをするんやで、白狐のぬいぐるみ」
「うん」
「家族みんなからハルへの入学祝いや。ほな、ジェイドとeveにお土産買いに行こう。eveは文句言わへんけど、ジェイドは色々好みがうるさいやろ。なんのお土産にしようかな? 」
姉がハルのほっぺに自分の鼻先をすりすりさせる。ハルは姉にそうされるのが大好きだった。だって、何故か動物の毛皮がくっ付いたようにモフモフとした肌触りを感じて嬉しくなるから。
(完)
書き手)ハルちゃん、姉上の正体って多分・・・・
姉上)ダメやろ、それはハルには言っちゃあかん
書き手)書き手をも牛耳る姉上、恐るべし・・・
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