小話『ヨウランと飲みかけのお茶』
子供の頃から医者になりたかったヨウランは、東の国に有能な赤ひげ先生がいると聞き、遠い遠いアジアの国よりやって来た。
きっと、この先生に師事すれば自分も素晴らしい医師になれるかもしれないと期待して、ハードな勉強を重ね、先輩の嫌味も聞き流し、日々頑張ってきたのだ。
だが、結局のところ現実は違うのだ。
「ヨウラン! アントニー先生がどこにもいないんだが」
「え、さっきまで診察中だったような気がするんですけど」
「私もそう思ったんだが、急に裏口から出ていったという目撃情報がある」
「あぁぁぁ、その目撃者の人、先生を捕まえてくれたら良かったのに」
「目撃者は5歳の子供だ。しっかり、飴の賄賂を渡して行ったところもアントニー先生らしい。発見が遅れたのはそのせいだ」
「まじかぁ」
有能な赤ひげ先生ことドクター・アントニーは大変優秀な医者であるのだが、酷い欠点が一つあった。それは放浪癖である。
一人の患者を診察したら、すぐさま行方不明になり、どこかのカフェでお茶をしながら見ず知らずの人を治療する。それが有能な赤ひげ先生談の古今東西への流布につながったのだが、一方のドクター・アントニーの弟子たちはたまったものではない。残された患者たちを自分たちが必死で診察しなければならず、診察する弟子たちと師匠を探し回る弟子たちとで1日中大騒ぎになるのだ。
「我々は診察があるから探しに行けない。ヨウラン、頼むよ」
「え、また僕ですか! 僕だって患者さんに出す薬草の調合をしていたんですよ!」
「ヨウラン、そこを頼むよ」
「わかりました。もー!」
ヨウランは西洋東洋の薬草学に通じており、実のところ、医者としての診察よりも作業室で薬草をすり潰して薬を製法するのが仕事の殆どだ。なので、現場で診察している側から見れば暇そうに見える。ゆえに、ドクター・アントニー探しにはヨウランが任されることが多い。
「まったく、先生ったら、今度はどこ行っちゃったんだろ」
ヨウランは湯呑に入っている自国より送ってもらった香り深いお茶を二口ほど口に含むと、床に置いてあった白い雑嚢カバンを首からかけて、バタバタと作業室から飛び出して行った。
「ヨウラン、おやつのデザートでもどう?」
受付係のアナスタシアが大きなスイカを持って作業部屋に入ると、中はシーンと静まり返っていた。
開け放された窓から柔らかな風が入り込み、ヨウランが干していたらしい吊るされた薬草がそよいでいる。
「あらあら、またアントニー先生を探しに行ったのね」
アナスタシアはヨウランの飲みかけのお茶を眺めながら、静かに微笑んだ。
(完)
漢方薬を学ぶ友人よりオーダーされた『漢方薬を学ぶ猫ちゃん』のぬいぐるみから発案したミニ小説でした♪