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「マサイ族」アフリカ大陸縦断の旅〜ケニア編⑩〜

 2018年8月30日12時頃、昼食前にサファリツアーで2度目となるライオンへの接触を図ろうとしていた私たち。1度目の反省点をしっかりと改善し、無事にその場をやり過ごしたものの、突然私に襲い掛かった尿意。肉食動物のエリアでの降車は危険すぎるため、草食動物のエリアまで30分ほど耐え抜かなければなりませんでした。シマウマのそばで用を足しながら、サファリで一番怖いものが尿意であることを痛感しました。
 そして待ちに待った昼食。いや、私が望んでいたことはご飯、ではなく食べながら見える景色の方でした。目の前の大きな川にはカバの群れ。カバ好きの私にとっては至福の一時です。気性が荒く、他の肉食動物よりも人間に危害を与えるという新たな情報を得ました。
 尿意とカバは恐ろしい。

 気が付けばすっかり日没の時間。1日中、野生の動物と大自然を満喫するという夢の時間もあっという間に終わってしまいました。昨日と同じ料理が並べられたバイキング形式のディナーを、初めて経験するかのように平らげ、煙草を吸って寝床に就きました。

 サファリとは動物と自然を見ながら妄想する場所である。

 撮影、ガイドやツアー客との会話、自然や動物を観察し感じること。これらも大切ですが、何の情報に邪魔されることなく、生きた自然に触れられる機会は滅多とありません。暇になって余裕のある脳を扱き使うことで、妄想とロマンを膨らますことができるのです?

「(サファリってこんな難しいもんじゃないと思うぞ。)」

 2018年9月1日午前6時起床。とてつもなく寒いアフリカの朝。現地人がニット帽やダウンを装着している中、汚れた作業着の下にタンクトップ1枚という何とも間抜けな格好の私は、拝借した宿の布団を体に巻き付けて、ミニバンに乗り込みました。本日はサファリツアー最終日。最後にマサイ族の村を案内してくれるとのことでした。体を温める暇もなく、10分ほどで到着。

 山間にあるような部族の村ではなく、開けた砂地に5つほどマサイ族が住んでいるであろう家が並んだ場所。マサイ族のモデルハウスかと思ってしまうほど、あまり生活感は感じられませんでした。

「(ほんまにここに住んでるんかなぁ。サファリからもすぐ近いし場所にあるし、ツアーに組み込まれてる部族やから、観光客用に建てられた集落なんちゃうか。)」

 腑に落ちない空気感に戸惑ったまま入村すると、マサイ族も方々が歓迎のダンスを披露してくれました。巨大なピアスを揺らし、カラフルなマントを体に巻いて、謎の長い棒を持ち、かの有名なジャンプをしながら、大きな声を出して、私たちの周りをぐるぐるする彼ら。

「意外とヤクルトジャンプ。」

 ビジネス臭は消えずとも、間近で見るマサイ族は迫力がありました。私たちも彼らと同じ衣装を受け取り、そこからは彼らの円に混ざって飛んだり跳ねたりラジバンダリ。

「ここで暮らしているマサイ族は9年前までサファリの敷地内に家があったんだけど、その家が壊れたからここまで引っ越ししてきたんだよ。マサイ族の村の多くは、自然に囲まれたケニアとタンザニアの国境に多いんだ。それぞれの国にある市場まで何時間もかけて徒歩で国境を行き来して、道具の原料になる鉄とか木材、食料や装飾品を取引しているよ。」

「なるほど。マサイ族もカロ族と共通して、本来の暮らしも残しつつ、ツアーに組み込まれたりすることで、現代文明と上手く付き合っていると。にしても部族はよく歩く。」

 生まれながらに物で溢れかえる社会で暮らしていた私には、自然物質から人工物質に適応しなければならない状況を体験できるはずもありません。やはりこのマサイ族の村に入村してからも、未知の世界飛び込み、新たな知性を手に入れて、私の底に蓄積される興味を思うと、私の中にはある種の快感が芽生えていました。

「じゃあ、今からマサイの家を案内していくよ。」

 こぢんまりした茶色の建物。驚くほど寒かった外気は少し肌寒い程度に収まり、わずかな湿気が漂う屋内。一軒家の一室にも満たない居住スペースに、夫婦と子供2人が住んでいるようでした。骨組みは木やツルが使われており、その他の壁や寝床は粘土のような物質で組み立てられていました。家族4人で部屋の中央にある焚き火を囲み、プラスチックの容器でミルクを飲みながら、私たちを案内する彼ら。マサイ族もカロ族と同様に、主食は家畜や植物とのこと。都市部にも訪れるマサイはもう少し現代的なものを食べているのだとか。

「(焚き火と粘土質の壁でしっかり防寒されてるんやなぁ。だからそこまで寒くなかったんか。カロ族の家は植物が主体やから、もっと風通しの良いつくりやったけど、マサイ族は土が主体の家づくりもあるんか。気候とか住む土地によって、生活様式も変わってくるんやな。)」

 エチオピアのカロ族とケニアのマサイ族、その共通点と相違点を知った私はまた崩壊できる知性が増えた喜びに満ち溢れていました。

 家の案内もひとしきり終え、外に出るとマサイ族のビジネスが開始。どうぞお土産にと、円形に並べられたテーブルの上には大量の装飾品がびっしり。

「(さすが観光客に慣れてるな。さて、どこまで値段交渉できるんでしょうか。)」

 せっかくここまで来たなら、何か記念に残しておきたい、そしてマサイ族の商売を目の前で見られることにも興味深い。ということで、とりあえず欲しい商品に目星をつけるために円を一周。絵や陶器などもありましたが、ほとんどがアクセサリー。その中に目を惹く商品がありました。牙の装飾が施されたネックレス。

「これ本物の牙ですか?」

「あぁ、そうだ。ライオンの牙だ。俺たちが獲ってきたんだよ。」

「(いや、ほんまかいな。ライオンの牙がこんなテカリ小指なはずない。そもそもライオンて獲ってええの?ワシントン条約ギリギリやろ。でも欲しいなぁ。でも完全に嘘ついてるよなぁ。)」

「ちなみに、これいくらですか?」

「20ドルだな。」

「(2000円以上するん!?たっか!いや、ほんまもんやとしたらやっす!自首プライスやん!絶対もっと安くなるわ。)」

「10ドルにしてよ。」

「分かった。10ドルね。」

 光の速度で半額に了承をもらった私は、そこからブレスレットを2つ追加して、いつの間にか7ドルにしてもらっているという、奇妙な交渉を成立させていました。

「(意外とあっけなかったなぁ。もうツアーで儲かりすぎて、値段交渉なんてどうでもいいんかな。とりあえず最初の高値で引っ掛かればラッキー的な?値段交渉してくる観光客なんて適当な値段であしらっとこみたいな。あぁこのネックレスに付いてる歯、ガチもんのマサイ族のやつやったらどうしよう。雑魚客やと思われて、呪物売りつけられたかも。)」

 本当にこれを購入して良かったのかと疑いつつ、部族の現代文明との付き合いに一枚噛むことができたと思えば気分は高揚しました。

 マサイの村に挨拶を済ませ、2泊3日のサファリツアーもいよいよ終幕。大自然とマサイ族に触れたことは、私の興味をさらに色濃くし、次に来る知性の崩壊を待ち遠しく思わせました。

 もっと未知の恐怖を感じたい。

 そう強く思い胸に手を当てて、ネックレスについた何者かの体内にあったであろう謎の歯を握りました。

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