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「結露のダルエスサラーム」アフリカ大陸縦断の旅〜タンザニア編⑤〜

 2018年9月3日、渋滞に足止めを喰らう中、便意と戦っていた私は、トイレ休憩で用を足せなかったことを後悔し、前席の奴を恨んでいました。時間を持て余す中で、私たちはトランプを開始。同じく私たちの右側の席で暇をしていたケビンと共に、大富豪やY氏のマジックで大盛り上がり。前席の奴を巻き込んで、スペ3返し。という具合に夜のダルエスサラームへの恐怖から目を背けることに成功していました。しかし、便意との戦いは続いていました。

「所詮スペ3ね・・・。」

 いよいよお腹に限界を感じた私、全身に力を入れて、濡れたガラスにもたれ掛かり、到着まで目を瞑ることにしました。

 どれほど時間が経ったのか、バスがゆっくりと停車。窓ガラスにできた頬の形から外の景色を確認しました。日が完全に落ち切った夜。交通量は少なくないようで、街灯や車のライト、ホテルの明かりがほんの少しの安心感を与えてくれました。わずかに照らされた奥の方には黄色のタクシーがずらり。時刻は午後8時。結局はおよそ14時間の移動を経て、私たちはダルエスサラームのウブンゴというバスターミナルに到着しました。

「Y氏、どうします?移動手段、決めかねますね。」

「そうやなぁ。降りてみないとほんまに分からん。」

 私たちが宿泊する予定の宿、Safari inn までは8kmほどの道のり。夜のダルエスサラームを歩く距離にしては、どう考えても遠すぎました。話がまとまらないまま、私たちは乗客たちの最後尾からゆっくりとバスを降りました。

「Taxi」「Where do you wannna go?」「Taxi?」「Taxxxxxi!!!!!!」

 案の定、待ち構えていたタクシー運転手の群れが次々と乗客たちに襲い掛かりました。当然、私たちもその餌食に。NOを伝える暇もない矢継ぎ早の勧誘。フル無視で駆け抜けて、3人で集まり、作戦会議。

「こんな数から信用できそうな人を見つける余裕はないですね。」

「近くの宿は俺らには値段が高すぎる。」

「ダラダラってまだ動いてる時間?」

「いやぁ分からん、ダラダラがあるとことまで歩くか、タクシーか・・・」

 人でごった返すバスターミナル。暗く冷えたダルエスサラームに固められる、様々な人の声や物音、バスやタクシーのエンジン音。嫌に響く雑音は、私たちの判断力を鈍らせました。

「What are you gonnna do ?」

 声の方にはケビンの姿。私たちが困っている様子を見て、これからどうのかと心配してくれていたのでした。

「宿までの交通手段に迷っていて、どうしようか話していたところです。」

「ここはタクシー移動も危ないからね。僕はタクシーで移動するつもりだから、一緒に乗っていく?宿まで案内してくれたら、そこまで付いていくよ。」

「是非、お願いします。」

 現在、この場所で唯一信用できそうな現地人、ケビン。彼の格好やここに来た目的、バスの中での立ち振る舞いから、私たちはケビンの提案に全乗っかりすることに決めました。

「(これで騙されてたら、もう仕方ない。)」

 そして、ケビンは数人のタクシー運転手と交渉し、私たちはウブンゴのバスターミナルを出発しました。助手席には道案内役を引き受けてくれたY氏。日本人3人から溢れ出る緊張感で重たくなっていく車内の空気。段々と減っていく街灯。結露が滴る窓。

「(なんかチラホラ小汚い人おんなぁ。アジア人が乗ってることがバレたら、外からでも襲ってくるんじゃないか。)」

 警戒心ゆえに窓から辺りを見回していた私でしたが、外にいる人間と目が合ってしまうことを恐れて、しばらくY氏の後頭部ばかりを見ていました。

 特に変わったことが起きることはなく、Y氏のナビ通りに宿に向かっている様子。しかし、緊張の糸が切れることはありませんでした。そんな私たちの様子を気遣って、ケビンが何やら話しかけてくれましたが、彼の英語を理解しようとする余裕はなく、Y氏の癖のない真っ直ぐな髪をじっと見ることしかできませんでした。

 さらに時間が経つと、街明かりと人の数が増え始めました。屋外に並べられたテーブルとイスには、まだたくさんの客が食事を楽しんでいました。地図によると私たちの宿はもうすぐそこ。

「ここは危なくないんですか?」

「でも君たちが思っているほど、危険じゃないよ。気をつけていれば大丈夫。でも、夜に1人では行動しないようにね。」

 私たちが想像していたよりも、ずいぶん明るいダルエスサラーム。真っ暗で人のいない路地には、恐ろしい雰囲気が漂っていましたが、午後8時半でも、レストランが点在する場所は人だかりで賑わっていました。

 そして私たちは無事にSafari inn に到着。ケビンのおかげで、夜のダルエスサラームを移動することに成功したのでした。

「(はぁ、やっと着いた。でもなぁ・・・)」

 私は正直なところ、ケビンを信用してはいませんでした。もし彼がタクシー運転手とグルだったとすれば。狭い路地に連れて行かれて、身ぐるみを剥がされるかもしれない。そんな考えが頭から離れることはありませんでした。危機管理能力が発達していくことは、私の猜疑心を増大させてしまう。

 仕方のないことだとは理解していたつもりでしたが、純粋な優しさまで全力で疑いにかからなければならない葛藤がありました。

 しかし、と同時にこの先もこの精神状態から逃れることはできないと覚悟を決めました。

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