見出し画像

「さらば一瞬のケニア」アフリカ大陸縦断の旅〜ケニア編⑪〜

 2018年9月1日、早朝の寒さに襲われながらも、サファリツアー最後の行程であるマサイ族の村への見学に訪れた私たち。カロ族以上のビジネス臭を感じましたが、少しだけ彼らの暮らしを学ぶことができました。歓迎のダンスや家の構造、そしてお土産を購入する際の値段交渉。未知の世界との接触は私に快感を覚えさせました。大自然と動物、マサイ村への訪問。こうして2泊3日のサファリツアーはあっという間に過ぎ去って行きました。

 ライオンにちょっかいをかけてしまった場面と尿意が限界を迎えてしまった場面を除けば、特に気を張ることもなかった安全な日々は終了。帰りのバンへの乗車と同時に、危機管理グラフをアフリカ版にリセットしました。

「(明日でケニアともお別れかぁ。ナイロビとサファリ以外にも、色んなところ周るべきやったよな。こんなに急がんでも良かったか。いや、でもまたアフリカに来るんやろうな。その時にまた。)」

 ケニアを出国するにはあまりにも早すぎたとは思いましたが、カロ族とマサイ族に出会った私は、近い将来にまたこの地へ来ると確信していました。

 行きの通過で難儀したジャングル道を無事に越えて、山々に囲まれた太い道を進むこと7時間。日が暮れる少し前に、ナイロビに戻ってきた私たち。

「明日早いし、適当に飯食って寝るか。」

 どこで食べるか探していると、宿から徒歩圏内にマサイマーケットがあるらしい、という情報を手に入れた私たち。マサイ族関連の商品が売っているのか、マサイ族が出稼ぎに来ているのか。

「まぁ、何か食べ物ぐらいあるやろ。暗くなる前に寄ってみよか。」

「ですね。本場のマサイ見た後に、都市部のマサイ。興味深い。」

 というわけで、歩くこと5分。柵で囲まれたコンクリート広場に、大量の人とモノを確認。たいそう賑わっている様子。

「絶対あそこですね。ぼったくられないようにだけしましょう。」

 改めて気を引き締めた私たちは、若干の緊張と共にマーケットの敷地内へと足を踏み入れました。露店が所狭しと立ち並び、デカデカと地面に広げられた大量の商品で足の踏み場もありません。煌びやかな服、派手なブレスレットやネックレス。残念ながら非お洒落男子の私たちには、溢れかえる装飾品が1つの大きな物体に見えるほどでした。

「そりゃそうやけど、マサイの村で売ってたのと似てるのばっかりやな。でもマサイ族もおらんし、何より肝心の飯がない。よく分からんし出ようか。」

 目をチカチカさせながら、縦一列に並んだ私たちは、そそくさと出入り口に引き返しました。

「兄ちゃん、これ買っていかんか?」

 ゴール付近で私たちを呼び止めた1人の男性は、私たちが何度も見た装飾品を見せつけてきました。

「値段だけ聞いてみる?」

「マサイの村より高いんじゃないですか?」

 都市部で観光客への販売。強気の値段設定に決まっている。

「いくらですか?」

「ん、2つで100円やで。」

「え、やっす。マサイ族の村で売ってたのとほぼ同じやのに!?こっちの方が安いやん。何かショック。」

 これ以上安い値段を言われるとマサイ族にぼったくられたと感じてしまう、と思った私たちは、そんな勘違いを起こさないように、苦笑いでその場を脱出しました。

「(本場のマサイの方が高いんかい!まぁそうか。あっちがほんまの観光客向けやもんね。でも見た限り、牙のネックレスは売ってなかった。うん、やっぱりマサイの村で買って正解や。あれは牙、ライオンの牙やから。違う違う、歯じゃない、歯じゃない。)」

 髭とサングラスの日本人を思い出しながら、お目当てのジャンクフードを食べて宿に戻り、だらだら明日の準備を進めて、早めに就寝。

 2018年9月2日、6時半起床。ケニアを離れ、タンザニアのアルーシャという街に向かう日。精神的に楽な日々が続いたことで、体も心も軽く感じていました。しっかりとトイレを済ませ、S氏とタンザニアで合流する約束を交わし、彼より一足先にナイロビを出発した私たち。綺麗とはほど遠いバスに乗り込み、またしても長距離バス移動開始。ある程度は舗装された1本道をひたすら南下していくバス。周囲に建物などはなく、どこを見ても家畜の群れや山、荒野のみ。

「(全然寝られへん。うるさいな。)」

 なぜかこの道路には石が大量に落ちているらしく、タイヤが回るたびに車体に石が跳ね返る音が鳴り続けていました。騒がしい道路のせいで耳障りの悪い時間が続いていました。イヤホンを深めに突き刺してしばらくした頃、私の耳にこれまでとは全く別の音が轟ました。

「(ネット繋がった?携帯代やばいんちゃうか。急いで切らないと。)」

 しかし、その音はイヤホンから聞こえてきたものではありませんでした。急停車するバス。ざわつく車内。ビクビクしながら窓の外へと目をやる乗客たち。

「(え?現地人もこの反応?相当やばいんか?てかさっきから鳴ってるこのうるさい音なんやねん。)」

 バスのフロントガラス越しには、おそらくケニアの若者と思われる男性が10名ほど集まっていました。

「(あぁ詰んだ。バスジャックや。こんなん危機管理もクソもない。)」

 しかし、逃れられないと諦めてから数十分。未だ乗り込んでくる気配はありません。再度フロントガラスを見ると、若者たちはケニア国旗を掲げて、謎の笛楽器を吹きながら、道路の中央で踊り狂っていました。中にはなぜか流血している若者の姿あり。

「なにこれ。。。どういう状況?」

 ヤバめの人たちであることは間違いありません。緊張が走る車内。しかし、バスジャックが目的とも思えない彼らの態度。すると、膠着状態に痺れを切らしたのか、バスの運転手が1人で車外へと出ていきました。速攻で囲まれる運転手。聞こえてくる大声、それにつれて大きくなるド派手な楽器音。

「あの運転手大丈夫ですかね?」

「何が起きてるか分からん。静かにしとくしかない。」

 沈黙の車内。とそこへ運転手が戻ってきました。顔色ひとつ変えずにすぐに席についたかと思えば、本当に何事もなかったかのようにバスを走らせました。

「え、なんの説明もなし?」

 とりあえず目をつけられないように、急いでカーテンを閉めて、小さくなりながら、謎の音が聞こえなくなるのを待ちました。

「今の何だったんですか?めっちゃ自国の旗振ってましたね。」

「俺も分からん。こんな何もない場所にわざわざ来て何してたんやろ。」

「愛国心と強めの思想。」

「まぁバス乗り込まれんで良かったよ。」

 運転手が裏金を渡したのか、運が良かっただけなのか、はたまた運転手があの集団よりやばい人なのか。

 その後のトイレ休憩で運転手に聞いてみようかと思いましたが、下手に波風を立てることを恐れた私たちは、軽く会釈をするだけで精一杯でした。

 国境まで残りわずか、後数時間後にはタンザニアに入国している私たち。


 イヤホンを外し、跳ね返る小石の音を子守唄に眠りにつきました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?