「脱便意論」アフリカ大陸縦断の旅〜タンザニア編⑥〜
2018年9月3日午後8時、予定より4時間遅れてダルエスサラームはウブンゴというバスターミナルに到着した私たちは、治安面の問題から、8km先にある宿までの交通手段について悩んでいました。そんな中、同じバスに乗っていたケビンが、一緒にタクシーに乗って宿まで付いて来てくれることになったのでした。しかし、日が落ちたダルエスサラーム、警戒心を怠ることができるはずもなく、車内に広がる重たい空気。無事宿に到着した私たちでしたが、ケビンのことを最後まで信用できずにいた私は、自らの猜疑心とこれからも戦わなければならないことを悟ったのでした。
バスを降りてから宿に到着するまで、終始気を張り続けていた私は、チェックインを済ませて階段で3階まで上がり、部屋のベッドで横になりました。その安心感はすっかり忘れていた便意を想起させ、トイレに直行。
「(あんなに腹痛かったのに、完全に忘れてた。それほど危機管理に全ての意識を集中させてたってことか。たった1つへの高い集中力。これは裏を返せば、それ以外に意識を向けられていないことになる。これは果たして危機管理できているのか?今回はタクシーの中やったから、悪い想定も限られてた。でもこれが街中やったら、あらゆる角度からの攻撃も想定される。ましてや便意を忘れることが自分にとってメリットやったから、意識の外に除外できてた。でも、もしタクシーが急ブレーキなんてしたら漏らしてたかもしらん。多角的な危機管理はできてないということになる。この意識の集中のさせ方では想定外に対応できへん。危機管理にある程度の優先順位を付けることは仕方ないけど、何%かはその下位にも余裕を持って対応できないと。便意だって危機の1つであろう。)」
この脱便意理論は私に再度、ダルエスサラームや今後の予定を練り直し、情報収集を開始させました。4日後に迫るタンザン鉄道。1週間に2度、火曜日と金曜日限定。タンザニアはダルエスサラームからザンビアはカピリムポシまで、およそ1800kmを結ぶ2泊3日の列車旅。3等車は質が悪いらしく、それ以上の席がおすすめとのこと。そして、フェリーで行くことになるザンジバル島。黄熱病接種の証明書であるイエローカードが必要で、入国審査的なものもあるらしい。島内のバス移動がややこしく、高額請求もあるとのこと。その他にも街中の移動手段やレストラン、金銭面や治安面なども考慮し、エジプトでの情報収集以上に詳細な計画を立て、精神的な余裕を作り出そうとしていました。
「(これで広い視野と意識に向け方!余裕を持って、しっかり対応して判断していこう。)」
時計を見るといつの間にか午前3時、ノートとペンを枕元に置いたまま、私は眠りに就きました。
9月4日午前9時起床。宿代には朝食費も含まれているとのことなので、1階の食堂へ向かうことにしました。私たちが着く頃には朝食タイムも終盤に差し掛かっており、西洋の方々がコーヒーを飲みながら話し込んでいました。唯一空いていた端っこの小さなテーブルに座り、何の味もないパンを頬張っていると、イギリス人男性のニックが声をかけてきました。彼女が日本人らしく、写真を送りたいから一緒に撮って欲しいとのことでした。アジア人が珍しかったのか、ニックと同席していた西洋人たちともなぜか写真を撮りました。彼らもアルーシャからダルエスサラームまでバスで移動してきたらしく、私たちと同様にそれぞれ計画が狂わされたことに関しての文句話で大盛り上がり。トイレは行ける時に行っておくべきだとの総意で話は終了。
パンに付いていたジャムとバターをスプーンで綺麗に完食し、食堂を後にしました。
本日の予定は以下の通り。4日後にタンザン鉄道に乗るため、そのチケットをタザラ駅まで買いに行くこと。そして、12時半か16時のフェリーに乗ってザンジバル島へ。その合間で、蚊除けも買わなければなりませんでした。熱帯地域に生息するハマダラカの対策。こいつに刺されると、運が悪ければマラリアに感染してしまうとのこと。症状を抑えるための内服薬を日本から持ってきてはいましたが、ハマダラカの嫌う匂いであるレモンミントとローズの香りのするクリームが安価で手に入るとのことなので、店を見て回ることにしました。
午前10時半、まずはタンザン鉄道のチケットを買うために、昼のダルエスサラームへ。調べたところによると、数km先に乗り合いバスであるダラダラの駅があるとのことなので、街の雰囲気を知っておくためにも、歩いて向かうことにした私たち。早朝でもないにも関わらず、歩いている人は少なく、車もあまり走っていない。営業しているのか分からない、ゴツい南京錠で守られたがらんとした大きめの施設が立ち並ぶ通り。その間には瓦礫だらけの工事現場。綺麗に舗装されたコンクリートの道路。おそらくスポーツ選手が写ったいくつかの看板広告が目を引きました。日中ということもあり、警戒していた険悪な雰囲気はまるで感じられませんでした。
しばらく歩きましたが、ダラダラの駅の目印は見当たりません。このまま歩いて行っても良かったのですが、せっかくなら地元民が使う公共機関に乗ってみたい。という訳で、警戒しつつも近くを通りかかった男性に声をかけてみました。
「この辺りで待っていたら来ると思うよ。運転手にタザラ駅まで行くか聞いてから乗るんだよ。荷物は自分たちでしっかり守ること。」
私たちの携帯に表示された地図を指差しながら、お互いに拙い英語で会話。時間はかかりましたが、丁寧に教えてくれました。
「めっちゃ良い人でしたね。」
「そうやな。時間と場所さえ気にしとけば、基本的には安全やと思うよ。」
しばらく歩くと小売店や物売りが増え、交通量も多くなりました。そして、何でもないような場所に、おそらくダラダラを待っているであろう人だかり。しばらく行き交う車を見ていると、番号が書かれたミニバンが私たちの前に停車しました。人だかりの何人かの後ろに並び、あの男性に言われた通りにタザラ駅まで行くか、と運転手に聞くと、行くとのことだったので、そのまま大混雑のダラダラ車内へ。座っている人の顔は見えず、肌の触れ合う距離感に地元民。荷物を両手でがっちり握りしめて、じっと到着を待つ他ありませんでした。明らかな外国人3人は乗車当初は注目を集めていましたが、その後は視線を感じることもあまりなく、暑苦しい中、黒目だけを動かして周囲を警戒していました。
20分ほど経過したところで、バスはタザラ駅に到着した様子。多くの乗客が降車するために動き出しました。前後からの圧を喰らいながらも、何とか運転手のところまで辿り着きました。値段は1人20円という驚きの安さ。まだまだ降りてくる乗客に押し出され、私たちはバスを降りました。
もうタザラ駅は目の前。コンクリートで作られた、どこか黄ばんだ白の巨大な建物。東京駅は言い過ぎですが、敷地面積だけで言えば、日本の主要都市の駅にも負けず劣らずと言ったところ。私たちは茶色い鉄の門を抜けて、重たそうな荷物を持った、多くの人々が行き交うタザラ駅構内へと歩きました。
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