「アフリカ三大凶悪都市ナイロビ」アフリカ大陸縦断の旅〜ケニア編④〜
2018年8月27日午後2時頃、私たちはモヤレからナイロビへ向かうため、長距離バスに揺られていました。あまりにも劣悪な環境のバスに乗って12時間の移動。さらには治安維持のため、幾度となく訪れる検問。23時半に一度だけ得たトイレ休憩以外は、気を張らなければならない場面が続きました。こうして体を休ませることなく、ケニアはナイロビに到着。まだ暗さが残る午前4時。私たちが宿泊予定のNEW KENYA LODGEへは、徒歩で行ける距離ではありません。その上にタクシーも信用できない。こんな場所でアジア人3人の立ち往生は危険すぎることは理解していました。しかし、移動手段がないことも事実。荷物を受け取り、次々とバス停から離れていく他の乗客に取り残された私たちは、アフリカ三大凶悪都市の1つであるナイロビに、ただただ怯えていたのでした。
「Y氏、どうしましょうか。」
「そうやなぁ。屋内で時間潰せるところあればいいねんけど。」
動くことも止まることもハイリスクなこの状況に、私たちは打つ手がなくなってしまいました。
「ダメ元やけど、バスの運転手に宿まで送ってもらえるか聞いてみよう。」
せめてバスの中に居座らせてもらえれば、そんなわずかな希望を抱いて私たちは再びバスの中へ入って行きました。
「すいません。私たちが予約している宿まで送ってもらえませんか?もちろん料金はお支払いします。」
「無理な相談だね。そこらへんのタクシーでも拾っていきな。」
「(はぁ。そりゃそうか。すげぇ嫌な顔してるし。聞く耳なしね。)」
「いやぁ、この辺りのタクシーは危険だと思うんで、あまり乗りたくないんですよ。」
「なるほど。じゃあ俺が安全なタクシーを呼んできてやる。」
そういうと運転手は窓から顔を出し、辺りをうろついていた客引きに声をかけました。そして、客引きがどこかへ走って行く姿が見えました。
「知り合いですか?」
「まぁそんなところだな。」
少し沈黙を挟み、先ほどの客引きが1人の小柄で太った中年男性を連れて帰ってきました。運転手は連れてこられた彼と、何やら軽く談笑を済ませ、私たちをタクシーへと案内してくれました。
「NEW KENYA LODGEに泊まるのか?」
連れてこられた男性はトランクを開けながら、私たちにそう質問してきました。
「どうして分かったんですか?」
「あそこに何度も日本人を乗せて行ってるよ。この時間でもチェックインできるしね。」
「(ほんまにこのタクシーに乗って大丈夫やろうか。パッと見、悪い人ではなさそう。でも、バスの運転手とグルの可能性もあるよな。この時間帯にナイロビに到着して、立ち往生する観光客を襲ってるんかもしらん。いや、それならバスの運転手から俺らに声かけてくるか。わざわざ獲物は放置せんやろう。待て待て、もし悪い人じゃないなら、別にタクシー運転手呼ばんでも、バスの運転手が宿まで送ってくれたらいいやん。お金も渡すんやし。ただこれを逃せば、暗いナイロビに取り残される。)」
「じゃあ後ろに荷物置いて、出発しようか。」
「(一瞬の判断。どうする。)」
「じゃあ、お願いします!」
いち早くトランクに荷物を乗せて、タクシーに乗車するY氏。
「お、おねがいします!」
Y氏の行動につられて、慌てて後に続く私たち。
「Y氏、これ大丈夫ですか?もう乗ってしまったんでどうしようもできないですけど。」
「2人とも疑ってるのが顔に出過ぎ。まぁそっちの方が簡単にナメられることないしいいか。大丈夫。俺がマップ見ながらナビするから、少しでも違う道を選んだらすぐ降りよう。男3人おるし、力ずくで何とかなる。たぶん良い人と思うよ。」
焦ることなく、Y氏があの一瞬で全ての情報を天秤にかけていたと思うと、ゾッとしました。
「(疑いすぎたかなぁ。でも、なるべく多くの想定をしておくに越したことはないやろう。ただ判断が遅い。情報収集が無に帰した時、こんなにも動かれへんか。でも、今の状況は自分たちで作った選択肢の1つ。Y氏はこれを繰り返しているのか。)」
私はエチオピアで感じた恐怖と快感を思い起こして、少しばかり高揚していました。
「えーっと、次左です。そこからしばらく真っ直ぐですね。」
今のところタクシー運転手に怪しい動きはなく、全てY氏のナビ通りに進んでいる様子。
「この辺りはやっぱり治安悪いんですか?」
「あまり良くないな。だから他のタクシーに乗らなかったんだろ?それで良かったと思う。今よりも夜中の方が危ないから、不用意に外出しないことだな。」
しばらく経って、運転手と私たちの間にも穏便な空気が流れていました。その後もタクシーがナビから逸れることはないまま、午前5時過ぎ、無事にNEW KENYA LODGEの前に辿り着きました。
「くれぐれも気をつけてな。またタクシーが必要なら連絡してくれ。ちなみにその鉄格子には鍵かかってないから開けられるよ。」
重たい足取りでトランクから荷物を取り出す私たちに、運転手は小さなメモ用紙を渡してくれました。
「ありがとうございました!!!」
テールランプが見えなくなるまで頭を下げ、目立つ真っ青の建物に向かいました。運転手に教えてもらった通り、最初の巨大な鉄格子を手でこじ開け、2階への階段を登る私たち。長い長い移動の末に、やっと辿り着いた安心できる場所。
「いやぁ、ほんまに疲れた。」
「気持ちよく寝たいね。」
階段の先に見えるもう1つの鉄格子、その奥にあるチェックインカウンター。ふかふかであろうベッドはすぐそこ。2つ目の鉄格子に手をかける私たち。
「・・あれ?」
「ん?開かへんねんけど。鍵かかってる?これ。」
「やばい、入られへん。」
手の届きそうな距離にあるチェックインカウンター。しかし、そこには誰もいません。それもそのはず、特に予約をしていた訳でもない私たち、そして、誰もが寝ているであろうこの時間。さらに、この街の治安を考えれば、目の前の鉄格子が解放されているはずがありません。
「誰かが起きてくるまで待ちましょうか?」
「そうするしかないか。」
早朝、急に押しかけたにも関わらず、大きな音を出して誰かを起こしにかかるという選択肢はさすがに気が引けました。重たい荷物を降ろし、ただ黙って耐えるしかありませんでした。またしても動きようがない状況を作り出してしまった私たち。時間の経過とともに、悪い想像が掻き立てられるばかり。
「(強盗対策の鉄格子。1つ目には鍵はかかってなかった。でも2つ目はガッツ施錠されてる。安全と危険の境界線で、ギリギリ危険範囲に立たされてる。しかも、この狭い階段。下から来られたらもう逃げ場ない。かといって、1つ目の鉄格子より外の範囲は現状よりも危ない。安心して声かけれる人もおらん。てか、声かけたところでさっきみたいに何か変わるとは思えん。この場で息を殺して待つことが最善策か?いや、こんな不安に煽られるぐらいならいっそのこと、鉄格子ガシャガシャと大声で誰か起こすか。でも、悪人が近くにいて俺らの存在に気付いてこっちに来られたら対策の仕様がない。結局このまま、だんまりしかないか。)」
いよいよ打開策がなくなったことが確定してしまった私たちは、建物内にも関わらず、誰にも見つかるまいと身をかがめて、朝が来るのを待つ他ありませんでした。時間の経つ遅さが、私たちの不安を物語っていました。
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