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「報復のスペ3返し?」アフリカ大陸縦断の旅〜タンザニア編④〜
2018年9月3日、アルーシャを離れてダルエスサラームへ向かうため、バス移動を開始。最後列の左側に陣取った私たち、その右側には清潔感のある30代ぐらいのアフリカ人男性が1人。そして、私の前席にはフルリクライニングや声量と臭いで、私の睡眠を妨げてくるおばさん。しかし、このおばさんと途中のトイレ休憩で予期せぬ遭遇をしたことにより、性別はどちらか分からなくなっていました。そんな中、バスは大渋滞に巻き込まれ、すでに到着予定時刻の16時を回っていました。治安が悪いとされるダルエスサラームへ到着するのは夜、ホテルまでの移動手段もない。どうすることもできないまま、私たちは窓から変わらない景色を眺めていました。
その後も渋滞から抜け出せそうな様子はなく、時間だけが進んでいきました。どうしようもない不安が嫌な想像を掻き立て、滲み出る手汗をズボンで拭く作業を繰り返す私。緊張感が高まると同時に、バス移動の敵である便意を感じ始めていました。
「(クソッタレ。あの時に便を済ませていれば。あの時に。俺の便意と感情を揺さぶってくんなよ。)」
どうしようもない問題がまた1つ増えてしまった事実に、私は前席をちょっと膝で押す程度の反撃しかできませんでした。しかし、相手にすれば便意の思う壺。日が暮れて冷たくなってきた窓ガラスに顔をくっつけて、無心を保ちました。
「トランプでもする?」
お気遣いの神、Y氏。いつなったら着くねん、着いてからどうしたらええねんという最後列の空気を一変させる一言。まるで私の便意にさえ気付いていたんじゃないかという、最高のタイミングでの提案でした。
「絶対にやりましょう!」
便意と不安に打ち勝つ、現実逃避のチャンスに前のめりで同意。そして、しばらく3人で大富豪を満喫。バスが進んでいるかとか便意がどうとか、全く気にならないほどトランプに没頭していました。
「What are you doing ?」
私たちの様子がよほど楽しそうだったのか、イヤホンを付けて音楽を聞いていた右側の男性が声をかけてきました。清潔感満載の彼の名前はケビン。大学教授をしているそうで、仕事の関係で来月に控える渡米のために、ダルエスサラームにある実家にパスポートを取りに行くと、流暢な英語で説明してくれました。彼は音楽にも精通しているそうで、ギターやピアノ、サックスやハープ、と8つほどの楽器を弾くことができるらしく、彼自身が作詞作曲した音楽を聞かせてくれました。彼の明るく丁寧な自己紹介で、私たちに穏やかな空気が流れました。拙い英語で大富豪のルールを説明し、4人で笑いながら大富豪開始。8を出して、ケビンの隣にいたY氏のカードが増え、さらには場のカードを流すという愛くるしいトラブルもありながら、私は2つの問題から距離を置くことに成功していました。
トランプを初めてから1時間以上が経過し、そろそろ大富豪にも飽きてきた私たち。
「Y氏、旅の時はいつもトランプ持ってるんですか?」
「そうやな。やることない時にめっちゃ役に立つし、言葉通じんでも現地人とコミュニケーション取れるしな。マジックとか。」
「マジックできるんですか?見たいっす。」
少し得意げな顔をしながら、トランプをシャッフルし始めるY氏。興味津々のケビンと私たち。
「まずは簡単なやつからね。こっからカード1枚選んで。」
Y氏が両手で広げたトランプから、ケビンがカードを1枚選択。
「じゃあそれを俺に見えへんように3人で覚えて。」
ケビンはニヤニヤしながら、トランプを私たちに見せてきました。柄はハートの9。
「覚えた?じゃあこの中に戻して。」
Y氏が両手で持った山札の真ん中あたりにケビンは選んだカードを戻しました。そして、しばらくシャッフルし、トランプを広げるとハートの9だけが表を向いていました。
「Woow!!!」
私とぴょんすにとっては馴染みのあるマジックでしたが、ケビンはとても驚いてる様子。
「すごい!どうやってやったんだ!教えてくれ!」
Y氏は興奮したケビンにタネ明かしをし、ケビンも頷き、納得の表情。そして、おぼつかない手つきでトランプをシャッフルし、Y氏の手伝いのもと、ケビンが同じマジックを披露。タネ見え見えのショーでしたが、微笑ましくもあり4人で大盛り上がり。
「(マジックめっちゃええなぁ。言葉なくても楽しい空間作れる手段、俺も欲しいな。ギターでも始めようかな。)」
そんな盛り上がりに周囲の乗客も気が付き、前席の人間もこちらを振り返っていました。
「(こっち向くなよ。不気味なトイレでの遭遇のこと思い出して、またお腹痛くなるやんけ。睡眠も邪魔してくるし、もうこれ以上やめてくれ。)」
未だおじかおばか分からない、こちらを見る太った顔面に腹を立てる私。すると、Y氏がおもむろにトランプをシャッフルし始めました。
「じゃあ、次は違うやつをしましょう。この中からカード選んで俺に見えへんように周りの人に見せて。」
Y氏は広げたトランプを前席の奴に差し出しました。トランプを1枚選ぶ奴。下を向くY氏。腹が痛い私。奴はトランプを数秒間、増えたギャラリーに見せました。柄はスペードの3。
「もう大丈夫?じゃあトランプをここに戻して。」
ここまでは先ほどと変わらぬ工程。
「(Y氏、お願いします。前席の奴をギャフンと言わせたってください。すげぇんだぞ日本人ってところ、見せてやってください。)」
委託報復を抱きながら、Y氏を見つめました。シャッフルを止め、トランプを広げようとするY氏。ここまでも先ほどと全く同じ。
「(もうさっきのでも良い。やってやれ!)」
腹をさすりながら、広がったトランプよりも奴を凝視する私。
「(さてさてどんなリアクションをするのか。ひれ伏せ!日本のマジックに!)」
しかし、一瞬の空白の後、奴の顔が曇りました。それに周囲の反応も薄い。まさかと思って、広がったトランプに目をやると、表に向いた1枚のカードはスペードの3ではありませんでした。気まずい後列の空気。また頭を抱えるY氏。
「あぁ失敗やわ。」と笑顔のY氏。
「(いや、失敗やわ、ちゃいますよY氏。俺の気持ちはどうしてくれるんですか!)」
無意識に奴を睨みつける私に、Y氏はこう告げました。
「かばんの中見てみ。」
「えっ・・・?まさか。」
私は前に引っ掛けていた小さなかばんを開きました。すると、そこにはトランプが1枚。いつの間に、、、。
取り出したトランプには奴が選んだスペードの3の柄。私はそのトランプを高々と掲げて、周囲に見せました。
「うぉぉぉぉおおお!」
大歓声、拍手喝采の後列。
「Y氏、すげぇ。」「なんで?」「どうなってるんだ。」
様々な声が飛び交う中、私は持っていたスペードの3を、奴にまじまじと見せつけました。目を丸くして驚き、手を叩く奴の姿。参りましたの表情。
大声や飯の悪臭、フルリクライニングによる睡眠の妨げ、トイレで遭遇した際の揺さぶりによる、排泄妨害。
特に目立った悪行でもないこと、気を張りすぎた私自身が過剰に反応していたこと、しかも奴のリアクションが純粋なものであったこと。これらのことに気付いてはいましたが、それでも仕返しの一手には変わりないと言い聞かせ、奴のリアクションに満足していました。
そして、便意が収まることはなく、私はさらに冷たくなった窓ガラスに顔を押し付けました。
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