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うま味を最大限に引き出す、出汁の引き方

この記事はcakesに連載していたものです。若干、リライトしてます(2022年7月)

noteで人気の料理家、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)の新連載。第2回目は「出汁の引き方」。出汁は料理の土台、確実に料理をおいしくしてくれる存在です。今回も「一番出汁と二番出汁を使い分ける必要はない」など、これまでの常識を覆す料理論を説得力あるやさしい言葉で解説します。料理の仕組みがわかると、料理の技術が格段に向上するでしょう。

2017年から今年にかけて、料理の世界で流行したキーワードは『一汁一菜』。一汁一菜とは「ご飯+汁物+おかず一品」の食事形式のことで、たしかに炊きたてのご飯に汁、それにおかずが一品あれば、立派な食事の体裁が整います。

前回のテーマが『ご飯』だったので、今回は汁=『みそ汁』について考察してみたいのですが、まずはその前にみそ汁に欠かせない(とされる)『出汁』について考察します。

おいしさは「甘み」「油脂」「出汁」の組み合わせ

出汁(だしじる)は料理の土台、確実に料理をおいしくしてくれる存在です。というのも人間が〈おいしい〉と感じる料理はたいてい『甘み(糖質)』『油脂』『出汁(うま味)』の組み合わせだから。

甘みの正体は脳や筋肉のエネルギー源である炭水化物。最近では糖質という呼ばれ方が定着してます。代表的な炭水化物としてご飯やパンなどの主成分であるでんぷんや砂糖(ショ糖)、果物に含まれる果糖などが挙げられます。

次は油脂。純粋な油脂に味はないのですが、そのおいしさは誰もが知るところ。植物油の他に動物性油脂としてバター、ラードなどがあります。肥満の原因になると嫌われていますが、体内で合成できないため、必要な栄養素でもあります。人間が活動するときのエネルギー源になり、細胞膜を構成する主要な成分でもあります。

最後の出汁(うま味)の正体はアミノ酸=タンパク質です。タンパク質は筋肉や骨、皮膚、酵素、ホルモンなどをつくる原料で、こちらも生きていくためには欠かせない栄養素。タンパク質そのものには味がありませんが、加熱したり、発酵させたりして、鎖をバラバラに外し、アミノ酸に変えることで味が出てきます。

料理においてはこの三つのうち少なくとも二つを組み合わせると『おいしいもの』になります。砂糖だけではつまらないですが『甘み(糖質)』+『油脂』を組み合わせたチョコレートにすると、みんな大好きな味になります。ラーメンや日本のカレーは『油脂』+『出汁(旨味)』+『甘み(糖質)』のすべてが入ったおいしさ。ご飯だけよりも焼肉と一緒に口に運ぶと格別、という具合です。

うま味には相乗効果がある

よく誤解されるのが「旨味」と「うま味」という2つの表現。旨味は主観的、感覚的なおいしさを表現する言葉ですが「うま味」は科学的視点から特定の物質の味を示しています。(学術的には、うま味はグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸にナトリウムやカリウムなどのイオンが結合した塩類(グルタミン酸ナトリウムなど)の味として定義されています)

一番よく知られているうま味物質は『グルタミン酸』です。多くの人が一度は聞いたことがある単語だと思いますが、発見者は日本人の池田菊苗博士。グルタミン酸が多く含まれている代表的な食材は昆布で、他にトマトやパルミジャーノチーズなどで、野菜類にも含まれています。

植物性のうま味物質の代表がグルタミン酸なら動物性の代表は『イノシン酸』です。グルタミン酸はアミノ酸ですが、イノシン酸は核酸に分類され、肉類や魚類のうま味成分です。日本人には鰹節のうま味としてお馴染み。余談ですが肉や魚はそのまま放置しておくとイノシン酸が分解され、減少していきます。煮沸することでそれを防ぎ、干して凝縮したものが煮干しです。

干ししいたけのうま味物質は『グアニル酸』。グアニル酸はイノシン酸と同じ核酸で、生の状態ではほとんどありません。しかし、野菜を加熱したり、きのこを干すと酵素反応が起き、増えます。

憶えておきたいのはうま味には相乗効果があるということ。グルタミン酸×イノシン酸やグルタミン酸×グアニル酸という具合にかけあわせることで、もっとおいしく感じられます。鰹節と昆布の出汁はイノシン酸(鰹節)×グルタミン酸(昆布)の組み合わせですが、洋風のブイヨンもイノシン酸(肉類)×グルタミン酸(玉ねぎやニンジンなどの香味野菜)と同じ。中華料理の出汁もイノシン酸(肉類)×グルタミン酸(長ネギや生姜、ニンニク)の組み合わせで、国は違えども構造は万国共通です。

このグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸を三大うま味成分と呼びますが、他のアミノ酸にも特有の味があります。例えばアスパラギン酸は弱いうま味と酸味があり、昆布だしの味の要素の一つです。他にもグリシンやアラニンにはさっぱりとした甘みがあり、ロイシンやバリンなどには苦味があります。

では、これらのうま味物質を配合していけばおいしい出汁になるのでしょうか? じつはうま味物質だけを調合した液体を飲んでもたいしておいしくありません。うま味は単体ではなく、その他の甘味成分や香りと一緒になってはじめておいしい出汁になるのです。

なかでも香りは非常に重要。料理をつくる時はこのことを念頭に置いておくといいでしょう。

コラム コハク酸について
つい最近まで、貝類のうま味成分はコハク酸と言われてきました。コハク酸はアミノ酸ではなく、有機酸の一種で、うま味物質であるか……というのは議論されており、明確な結果はまだ出ていません。ちなみにグルタミン酸やイノシン酸とのうま味の相乗効果はないことが明らかになっています。

コハク酸を単独でなめると酸味とかすかなうま味、それに柑橘類の皮を噛んだときのような収斂味があり、おいしいものではありません。しかし、コハク酸が適切な量、あることで味に厚みが生まれます。味覚が複雑になることで〈コク〉が生まれるからです。このコクという考え方についてはこちらのnote「〈コク〉とはなにか」を参考にしてください。

一番出汁と二番出汁の使い分けは必要ない

今日は昆布と鰹節のあわせ出汁をつくっていきますが『出汁を引くのは面倒』という人も多いのではないでしょうか。敬遠される理由として一番出汁と二番出汁の存在があります。一番出汁は吸い物専用の出汁で、二番出汁は煮物、みそ汁、その他に使う出汁、という風に料理書にはあります。例えば料理本で紹介されている一番出汁、二番出汁はこんな作り方。

『一番出汁は昆布と水を鍋に入れ、火にかける。沸騰直前に昆布をとりだし、鰹節を加えて火を止める。鰹節が沈み、味が出てきたら漉す』

『二番出汁は一番出汁の出汁殻に水と新しい鰹節を足して、10分ほど煮出してから漉す』

実際には一番出汁と二番出汁の両方を常備することなど不可能です。分けて使うのはわずらわしいですし、名前のせいか二番出汁に劣っている印象があるのも問題だと思います。

一番出汁と二番出汁を使い分ける必要はありません。というか、出汁殻を使って出汁を引く意味はほとんどないのです。理由は2002年(*1)に「昆布のグルタミン酸は60度で1時間加熱することで、最大限に抽出される」「鰹節は85℃、短時間で旨味が抽出される」ことがわかったから。この結果を受けて、京都の料理人たちが考えた科学的に正しい出汁のとり方は以下の通りです。

『水と昆布を火にかけ、60℃で1時間加熱する。昆布をとりだし、85℃まで加熱した後、鰹節を加え、沈んだらただちに漉す』

うま味を最大限に抽出しているわけですから、出し殻を再利用する必要性は薄いでしょう。どちらかというと出し殻は出汁に利用するよりも食べるほうが合理的です。うま味を100%抽出することを目指せば、あとは用途に応じて昆布と鰹節、水の量を変えることで、吸い物用の淡い出汁や煮物用の濃い出汁という風に作ることができます。一番出汁、二番出汁ではなく、用途に応じて香りや濃度を調整すればいいのです。

家庭では冷蔵庫に一晩入れておく水出し法がオススメ

鰹節のうま味は短時間で抽出されますし、香り成分を残す意味でも沸騰させない加熱がベターなのですが、問題は昆布出汁。『60℃で1時間』という加熱がベストであることはわかっていますが、家庭で応用するには難しいからです。

60℃で1時間法は昆布の種類(日高昆布、真昆布、羅臼、利尻昆布)を問わず、うま味を引き出し雑味を出さない方法です。時々、昆布の種類によっては味が強く出すぎるという意見を聞きますが、その場合は量を控えればいいだけ。昆布の資源量が心配されるなか、なるべく少ない量の昆布で最大限のうま味成分を抽出するのが賢い選択でしょう。

コラム 年ごとの昆布の味の違い
昆布は年ごとに味が違います。例えば羅臼昆布は一般的に一番うま味が強い、とされていますが、うま味インフォメーションセンターの調べでは年によっては真昆布のうま味の数値が上回ることもあるそう。昆布の銘柄を固定せず、ワインのように味わいを楽しむ、というのもいいかもしれません。

ある実験*2では「昆布と水を室温で1時間放置し、80℃まで加熱」でも、60℃1時間に近いうま味成分を抽出することができるという報告がありますが、それでも1時間かかるのは一緒。ちなみに昆布は70℃を超すとアルギン酸などのぬめり成分が溶出されます。うま味成分に遜色なくてもぬめりや雑味が出てしまっては残念なので、それは避けたいところ。一部の料理書で『昆布に切り込みを入れると味の抽出が早くなる』という記述を見つけたので、試してみました。水500ccに対して、昆布5gを用意し、Aは板状、Bは細切りで1時間後を比較してみます。

結果としては『B』はぬめり成分を多少感じる程度で、味に差はありませんでした。薄い昆布に切り込みを入れても(今回は切っていますが)増える表面積はごくわずか。意味がないばかりか出汁にとって大敵であるぬめりや雑味が出るだけなので、余計なことはしないほうが賢明のようです。

現実的な方法は昆布と水を冷蔵庫で一晩(10時間)入れておく水出し法です。時間はかかるものの、冷蔵庫に入れて放っておくだけ。うま味成分の量は『60℃1時間』よりもわずかに劣るものの、従来の「昆布を水に入れ、沸騰直前にとりだす」より味がよく出ます。低温で抽出するために昆布特有の匂いが出にくいのもメリットです。(逆にいえば昆布の香りが出ない、という見方もできるので香りが必要な場合は煮出せばいいでしょう)

ただし『1時間放置した後、80℃まで加熱』『水出し法』にかかわらず、昆布を入れたままにしておくのは厳禁です。雑味や生臭みが出て、味を損ねます。鍋物や湯豆腐などに使う場合は注意が必要で、途中でとりだした方がいいようです。

昆布と鰹節の合わせ出汁のつくり方

実際に出汁を引いてみましょう。

水 1L
昆布 10g(1%)〜30g(3%)
鰹節 10g(1%)〜40g(4%)

水出しした昆布出汁を鍋に入れて、火にかけます。今回は水1Lに対して10gの昆布を使いました。料理書によっては『昆布は使う前に固く絞った布巾で拭く』とありますが、それは販売されている昆布に砂や埃がついていた時代の風習なので、現在流通している昆布であればそのまま使っても問題ありません。ごしごし拭いてしまうと昆布の表面に浮いているマンニットという甘味成分が減ってしまいます。

温度計を使ったほうが正確ではありますが、鍋の底の泡を観察すればおおよその水の温度がわかります。料理の世界では細かい泡の状態を「蚊の目」と呼び、これが60℃〜70℃、小さな泡が底から浮いてきた状態を「蟹の目」と呼び、これが80℃〜85℃です。

これが『蚊の目』の状態。温度は60℃〜70℃。

このように泡が底から浮いてきたら『蟹の目』で温度は80℃〜85℃です。

85℃になったら火を止めて、鰹節を投入します。今回の鰹節の量は10g。ひとつかみくらいですが、一度は量って感覚を掴みましょう。軽く混ぜて、数十秒待つと鰹節が沈みます。85℃での加熱であればアクはほとんど出ないので、気にする必要はありません。今回は鰹節については触れていませんが、もちろん種類によって味が変わってきます。(こちらのnoteに書きました→『出汁のとり方、もう一度復習〜鰹節編〜』)

ザルで漉します。昔の料理書には「水で絞った晒しの布巾で漉す」とありますが、晒しの布巾を毎日使うのは大変ですし、ザルでまったく問題ありません。もしも、透明度が気になるようなら不織布製のクッキングペーパーを使うと完璧に漉せますし、ボウルを洗うのが面倒というのなら網杓子ですくっても大丈夫です。

鰹節は絞ってもいいのでしょうか? 使用している鰹節の種類にもよりますが、ほとんどの場合、絞ってもまったく問題ありません。絞って得られる出汁はせいぜい30cc〜50ccほどで、自然に落ちるのを待っても得られる量はそれほど変わりません。絞って怒るような人が近くにいる場合は絞らなくてもいいですし、急いでいる場合には絞ってしまってもいいでしょう。

出汁を保存する場合はボウルの底を氷水などに当てて急冷します。その後、ペットボトルなどに移しておけば、冷蔵庫で3日くらいなら保存が利くので、出汁を引くときは多めに作っておくのがコツです。

この出汁は普段使いの味です。出汁を利かせた煮物に使うなどの場合には鰹節の量を20gに増やす、さらに濃厚な味が好みであれば水1lに対して昆布30g、鰹節40gまで増やせます。昆布や鰹節にも寄りますが、現実的にはこのくらいの量が抽出できる濃さの限界だと思います。

できたての出汁は豊かな香り。この香りは顆粒出汁では味わえません。逆に考えれば薄めの出汁をとり、そこに顆粒出汁や化学調味料を加える、という裏技もあります。

出汁パックはどうでしょうか? ティーバッグ状の袋に粉末状にした昆布や鰹節、干し椎茸などの出汁素材と、化学調味料か酵母エキスを配合した出汁パックは便利ですが、弱点もあります。さきほど説明したように昆布出汁の抽出には本来、時間がかかるので、この形の商品では昆布の味が出にくいのです。

その場合はあらかじめ作っておいた昆布出汁で出汁パックを煮出せばいいかもしれません。このように出汁の科学を理解しておけば応用はいくらでもできます。かけられる時間やコストなどを考慮し、妥協点を見つけてください。

出汁がいつも必要ということはありませんが、たまには引き立ての出汁を味わってみてください。油脂に頼らない、うま味を含んだおいしさ、が理解できるはずです。

今日は引き立ての出汁の味が最も素直に感じられるかき玉汁をつくってみます。かき玉汁は普段、食べる機会が少ないかもしれませんが、やわらかな卵と相性のいいワカメ、そして鰹節と昆布の味があわさって、出汁のおいしさを改めて感じられるはずです。

出汁のおいしさが引き立つかき玉汁のレシピ

かき玉汁(2人前)

出汁    400cc
卵     1個
乾燥ワカメ 1g(適量の湯で2分間戻しておく)
塩     2g(小さじ1/2)
濃口醤油  小さじ1
日本酒   大さじ1/2
青ネギの小口切り  適量

作り方

1.卵は箸で溶いておく。出汁を入れた鍋を強火にかけ、酒、醤油、塩を加える。沸いたら火を止めて、ここで一度、味見。旨味が足りなければ酒を足し、塩味が足りなければ塩を足す。

2.1の鍋を中火にかけ、沸いてきたら1の溶き卵を菜箸につたわらせ、円を描くようにゆっくりと落としていく。卵が固まったら火を止める。

3.ワカメを入れた器にかき玉汁を注ぐ。吸口として青ネギの小口切りを浮かべる。

ポイント

コハク酸やアラニンなどのアミノ酸を多く含む酒はいわば〈お米の出汁〉。加えることで淡い出汁を補強し、コクを出してくれます。また、お吸い物の味付けは必ず醤油、塩の順番。醤油で香りをつけ、塩で最終的な塩分を調整します。ワカメにも塩気があるので、まずはレシピ通りの塩加減でつくってみてください。

おまけ 昆布の種類

昆布には利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布、山出し昆布(道南の真昆布)などがあります。旨味の順番としては羅臼昆布 > 真昆布 > 利尻昆布。実はグルタミン酸含有量では真昆布が一番多いのですが、その他の成分の影響で羅臼昆布が最も濃厚な出汁が引けます。(ちなみに真昆布はアラニンが多いので甘みがあります)

一般的には羅臼昆布は出汁がやや濁るのが難点とされますが、温度管理をきちんとすれば問題ありません。ただ、強いうま味が敬遠されるのか、京都の料理屋さんは利尻昆布を使っています。利尻昆布はうま味や香りが弱いので、繊細な味の出汁が引けるからです。関東圏でよく使われる日高昆布は食べる昆布であまり出汁には向きませんが、湯豆腐などの鍋料理には具材としても食べられるので便利です。山出し昆布(道南の真昆布)は香りが穏やかで味も出ますし、繊維が軟かいので煮物にも向きます。

鰹節や昆布は値段や品質の差がストレートに味に出てしまうので、信頼できる店から買うのが一番です。僕はちょっと高級なスーパーや百貨店などで買える「奥井海生堂」製の羅臼昆布を愛用しています。

鰹節はちょっと変化球なのですが、まぐろ節を使っています。

まぐろ節の出汁は甘みの強さが特徴です。普段、僕が使っているのは参考に貼ったリンク先ではなく、近所のスーパーで買えるものですが、八木長さんのまぐろ節はおいしい出汁が引けます。イメージとして昆布は音楽におけるベース音、鰹節の味はそれよりも高い中音域という感じ。全体の調和がとれているのが一番理想で、出汁は淡すぎても、濃すぎてもいけません。

さらに昆布と鰹節の合わせ出汁を掘り下げたい方はこちらのnoteで続きを書いているのでご興味がある方はぜひご覧ください。

参考文献

*1 『京料理における一 番だしのグルタミン酸含有量と香気成分について』鎌倉女子大学紀要 10号 141・145頁 成瀬宇平ほか

*2 昆布だし抽出における旨味・雑味成分の拡散挙動

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!