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網走旅行記

「網走」という地名の由来にはアイヌ語で「ア・パ・シリ」(我らが見つけた土地)、「アパ・シリ」(入り口の地)あるいは「チバ・シリ」(幣場のある島)などの諸説がある。
奇しくも網走は、今回の旅行にとっても入口の地となった。

 浜松町に前泊したのち、早朝の便で羽田空港から女満別空港へ飛んだ。やはり東京よりは涼しく、薄手のニットでちょうどいいくらいの気温だった。空は青く雲もない。旅行には絶好の天気だろう。女満別空港からバスに乗り、網走監獄博物館へと向かった。

 網走監獄は明治時代、ロシアの南下政策を懸念した政府が開拓のために囚人を使ったのが始まりのようだ。悪行を働いた囚人には苦役を強いても問題ないだろうという考えの元、安価な使い捨ての労働力として扱われたらしい。私は入る前にその説明書きのパネルを見てから、より一層収容所のような様相を想定していた。
 冬は吐いた息があられのように凍り、食事は基本的に米、汁物、漬物のみ。遠くで作業をする際は小屋を作り、その中で丸太を枕に寝かされる。部屋に暖房はなく、冬は長い廊下の中心にガスストーブが二台だけ。過酷な生活であったことは間違いないだろう。
 一方、予想と異なる面も垣間見えた。監獄以外の建物を見てみると、教誨堂や畑、鍛冶屋もあった。展示には図書を借りるためのカードもあった。模範囚は町へ作った野菜を売りに行き、味の評判も良かったという。監獄内には働きに応じて成績がつけられ、成績優秀者は優遇されるなど努力が報われる制度もあった。
 そこには強制収容所のように囚人を単純に傷めつけるのではなく、労働をさせながら手に職をつけさせ、努力が報われるという体験をもって更生に向かわせるという意図があった。

 更生。それは人の内面を大きく変えることであり、その難しさは計り知れない。

 同列に語ることではないだろうが、相手を変えるという意味で自身の例を挙げる。塾講師時代の生徒、社会人になってからの後輩に対する指導も、正直なところ何度も匙を投げかけた。相手が優秀でモチベーションもあれば話は別だが、大抵の場合は諦めた方が遥かに楽で合理的だ。表面的に仕事をしても一応賃金は出るし、精神的な疲労も少ない。
 指導をしていて意味があるのか、これが何か結果につながるのだろうかという迷い。こちらの思い、意図が相手に伝わらないことへの苛立ち。改善の傾向がみられたところで、第三者の余計な言動で台無しになる虚しさ。あなたもどこかで経験をしたことはないだろうか。
ましてや相手は囚人だ。一癖も二癖もある。明治時代のように、更正など期待せず安価な労働力として使い潰した方が世のためだ、と思われるような人間もいただろう。実際に何度も脱獄を図って山中に身を隠しては、捕まったような囚人の記録もあった。ある僧は刑期を終えた囚人を引き取る施設をつくったが、周辺では盗みが横行し治安が悪化したので悪評が絶えなかったという。
それでも一方で、模範囚が町で人の暮らしに貢献したり、囚人が出所後のキャリアに備えて勉強したり、出所後改心して社会に復帰したという記録もあり感銘を受けた。

 人間が変わる可能性というものを容易に否定してはいけないのかもしれない、とその時ふと思った。

 食堂では監獄での食事が体験できるメニューがあった。頼んでみたが、なかなかに美味しい。ムショ飯というのは刑務所での飯という意味のほかに、麦:米を6:4の割合で混ぜて作っているという意味があるらしい。今は割合が変わり、3:7だそうだ。確かに米が少し固めだったが、味は全く問題なかった。北海道に着いて最初の食事がムショ飯というのも乙なものだ。

 初日の宿は知床にとっていた。まず監獄からバスで網走駅へ向かう。網走駅からは知床斜里駅へ、そこからまたバスを使う。

 網走駅の表札は縦書きだ。囚人が横道にそれず、まっすぐ更生してほしいという思いからそうしているらしい。
当然のことだが、北海道はバスも電車も本数が少なく、乗り換えも少なからず待つことがある。網走駅に着いてから電車が出るまで一時間あったので、コーヒーでも飲もうかと駅周辺を見回したが店がない。
 仕方がないので、待合室でお茶を買って待つことした。持ってきた「図解アイヌ」を読みながらぼんやりしていた。

【おまけ・網走監獄アクセス】
・空港→網走監獄へは女満別空港線というバスを使いました。飛行機降りてから乗れます。
 バスは天都山入口で降りるのが一番近いです。刑務所前は博物館ではなく今使われている刑務所の方なので注意。
・網走監獄博物館の周りにはオホーツク流氷館、北方民族博物館があります。車やバスならすぐですが歩いて行くのは難しそう。
・網走駅→知床斜里駅、調べたら1日7本くらいしか電車ないからオススメしません。

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