見出し画像

モスクワ、色を読み人を想う (前編)

 旅行の記憶というと観光地や食べ物が多いが、一番貴重なものは人との関わりだと思う。ほとんどの出会いに、もう一度巡り合うことはないからだ。
 彼らは今、何をしているのだろう?

 サンクトペテルブルクからモスクワへはエアロフロートの国内線で向かった。 
 乗り換えを待つ間、近くにある親子が近くにいた。母親は金髪の綺麗な女性で、ベビーカーを引いている。子供はカーディガンを着ており、ベビーカーの近くで母親に掴まり立っていた。町を歩くロシアの人々はとても美しく見えたが、それは赤ん坊でも同じだった。かわいらしい中にも、美術館で見た天使の彫刻を思い出させる整った顔立ちに目を引かれた。 
 赤ん坊はこちらの視線に気付くと、笑顔でこちらに近付いてきた。笑顔を返しながら見守っていると、カーディガンのボタンを外してぱっと開いて見せた。
 すごいでしょう。僕、もうこんなこともできるんだよ。そう言っているように思えた。こちらに向かって得意げに笑いながら、彼は開いたカーディガンを揺らした。 
 しかしボタンを付けようとするが、そちらは上手くいかない。しばらくボタンをいじっていたが、諦めたのか母親のもとに駆け寄った。母親はあらあら、といった様子でボタンをかけてあげていた。ボタンがかかるとまたこちらに来てカーディガンを開ける。その様子が本当にほほえましく、手を振ったりすごいねと拍手したりしながら待ち時間を過ごした。

 モスクワの町並みは、サンクトペテルブルクよりロシアらしさを醸し出している。観光地には赤い建物が多く、旅行前に想像していたロシアにより近い風景がバスの窓から見えた。
 モスクワに着いてからの昼食はピロシキだった。焼いた生地の中に挽き肉などを混ぜた具が入っている。惣菜パンのような素朴な味に親しみを覚えた。 食事中はエルミタージュでパンフレット代を立て替えてあげたご夫婦が、同じテーブルに誘ってくれた。なんと旦那さんが私と同じ大学出身で、彼らは仙台に住んでいるらしい。彼らはスペイン、イタリアなども旅をしたという。お土産のチョコレートを味見させてくれたり、面白いものがあると教えてくれたり親切にしてくれた。私もいい場所があると二人の写真を撮ってあげた。端からみたら親子のように思われたかもしれない。

 クレムリンにはなんと、スターリンの格好をした人が立っていた。観光地ではよくあることかもしれないが、「地球の歩き方」によると写真を撮ると高額な料金を請求されることがあるという。プーチン大統領のそっくりさんも見かけることがあるらしい。手を振ってくれたが、残念ながら写真を撮ったり話しかけることはしなかった。 
 せっかくなので、土産屋でスターリンのポストカードを買った。ガイドさんが苦笑いしながら、年輩者の中にはスターリンを今も崇拝している人がいると言っていた。映画や書籍を見る限り、粛清として大量に人を殺した恐ろしい独裁者という面しか見えないが、その時代に生きた人々には、また違った面が見えていたのだろうか。

 モスクワといえば一番有名なのはクレムリンと赤の広場だろうか。赤というと社会主義を想起させるが、実は赤の広場の「赤」と社会主義は関係がないらしい。古代スラヴ語では「美しい広場」という意味の言葉で呼ばれていたのだが、言葉自体の意味が変化して「赤の広場」という意味になったようだ。赤の広場は歴史的なイベントの舞台になることが多く、「ソビエト旅行記」のジッドもこの場所で演説をしていた。
 レーニン廟、国立博物館と見所を上げればキリがないが、とりわけ目を引いたのはワシリー寺院だ。赤を基調としており、色とりどりに飾られた玉ねぎ状のドームが付いている。オルゴールのお城やディズニーランドのようなファンタジックな建物だった。写真を撮っている間も周りに人通りは絶えなかった。

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはZINEの制作費に使わせていただきます。