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英語を話せないことは恥か?

初対面の外国人と話すとき、どれくらい頭で考え事をしているだろうか?
僕は頭の中で、ごちゃごちゃ考え事をしている。

「あぁ〜英語よくわかんねぇな。今話振られたらどうしよう」
「このマレーシア人ずっと話してんな。『話しすぎだろって周りに思われないかな』って心配にならんのか」
「このベトナム人自由すぎんだろ。話の途中で腰折りまくるし、ちょっと飽きたらすぐテーブルの上のもん触るやん」
「俺も会話に適度に入らねぇと、機嫌の悪いジャパニーズって思われないかな」
などなどコミュニケーションの不安から、その場の感想まで色々と頭に思い浮かんでくる。

要は、僕は「気にしい」だ。
人からどう見られているか、英語を話せない人間と思われていないか、思われていたらどうしよう、なんてことをダラダラと考え過ぎてしまっている。

「正しいコミュニケーションの仕方」
に囚われている。
自分が、正しいコミュニケーションをできているかばかり気にしている。

ひるがえって、先ほどのマレーシア人とベトナム人。
今のパリピ宿で話すようになった2人だが、この2人のコミュニケーションが気持ちいい。

マレーシア人は、その場に何人いようがずっと自分の話をしている。
仕事の話、家族の話、タイで今何をしているのかまでずっと1人で話しており、超ストロングスタイルのコミュニケーションだ。
会話のキャッチボールどころか、佐々木朗希選手も真っ青の完投試合を見せている。
どこの国の人も聞き手に回らざるを得ない。

しかしベトナム人だけ例外だ。
話の腰を折ったり、違うことをはじめたりなど自由奔放としか言いようのないコミュニケーションスタイル。
マレーシア人が仕事の話しているときに、突然「ワッツアップ(海外のLINE)してる?インスタグラムは?」と尋ねた。
そのうえ相手のスマホを勝手に手に取り、「俺の登録するね」と言いはじめたのだ。

これにはマレーシア人も度肝を抜かれたのか、「待て。まずお前は『話を聞くこと』、『マナー』を覚えることが先だ」と諭しはじめた。
これには英語のつたない僕も流石に笑った。
同時に「『話を聞くこと』を覚えるのは、お前もな」と内心ツッコんだ。

2人を見ていると、僕は何を、何のために気にしているのだろうかと思ってしまう。
僕は「英語を話せない奴」と思われたくないために、頑張っているのか?
実際あまり話せていないんだし、そう思われるのは仕方ないだろう。
わからないことは「すまん、わからん」とでも言っておけばいい。

にもかかわらず、英語をわかっているフリをしようとして、そのフリがバレないかヒヤヒヤしている。

最後に断っておくが、マレーシア人とベトナム人と言っているが、もちろん全体の話でない。
僕が出会った個人の話なので、マレーシアやベトナムの人がみんなこうだと誤解しないでほしい。

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