その正義は盲目的ではないか?

確かにどう見ても被害の出ている場合だけども
そういう相手は単独でせず複数人で行う。

熱くなりすぎて周りが見えない状態で
エゴに走らないように
違う事にならないように

なのだが

今になっても
成長できてない。
やりすぎることはなかったし範囲内でだが

ヘルプの仲のいい人を粗末に扱ってまですることではない。

そう。
性格的には短気で熱くなりやすい。

それによる失敗を重ねた上で
クールになるべく落ち着けて取り組んでいる

だがやはりこればかりはと
燃え上がってしまう。
何回でも被害にあうのだから

同僚が怪我をするのはしのびないわけで
数少ない仲の人には
申し訳ないことをしている

周りが見えないのはだめ
常に広く見えるようにしておかないと次々とくる時もあれば
タイミングずらすこともある

正義の概念は個人や文化によって異なる場合があります。

異なるバックグラウンドや経験を持つ人々はそれぞれが独自の価値観や信念を持っています。

この個人の視点に基づいて正義を判断するとき、感情や主観的な要素が影響することがあります。

例えば、特定のグループに所属する人は、そのグループの利益を重視してしまい、他のグループや個人の権利を無視することがあるかもしれません。

また、感情は正義の追求において重要な役割を果たすこともありますが、時には感情が客観的な判断を妨げることもあります。
 感情的な反応や怒りによって、公平性やバランスを欠く判断を下してしまうことがあります。このような感情の影響は、公正さや客観性を損なう可能性があります。

さらに、正義を追求する際には、個人の固定観念や偏見が影響することもあります。人々は社会的な背景や文化的な影響を受けており、それによって正義の見方が形成されることがあります。

これによって、特定のグループや意見に偏った正義の追求が生じる可能性があります。

正義を追求する際には、客観性や公正さを保つためにいくつかの手段が存在します。
例えば、法や道徳の原則に基づくこと、事実や証拠に基づいた判断を行うこと、他の人々の視点や意見を尊重することが重要です。
また、自己批判や自己反省を行い、自分の偏見や固定観念に対しても常に注意を払うことも大切です。

総括すると、正義は個人の感情や主観性に影響を受ける可能性がありますが、客観性と公正さを重視する努力が求められます。正義の追求においては、自己の偏見や感情に気づき、公平な判断を下すための手段を

扱っていましたが、正義の追求においては以下の点に留意することが重要です。

1. 法や道徳の原則に基づく:正義を追求する際には、法的な基準や社会的な道徳の原則を参考にすることが重要です。法律は社会の基準を反映しており、公平性や個人の権利を保護する役割を果たしています。法的な枠組みに基づいて判断することで、客観性と公正さを維持することができます。

2. 事実や証拠に基づく:感情や主観的な意見に左右されないようにするためには、事実や証拠に基づいた判断を行うことが重要です。情報の正確性を確認し、客観的なデータや科学的な知見を踏まえることで、より公正な判断を下すことができます。

3. 他者の視点を尊重する:正義を追求する際には、他の人々の視点や意見を尊重することが重要です。個人の視点に偏らず、多様な意見や経験を考慮することで、より包括的で公正な判断を行うことができます。対話やコミュニケーションを通じて、異なる立場や意見を理解する努力をしましょう。

4. 自己批判と自己反省:正義の追求においては、自己の偏見や固定観念に対しても常に注意を払う必要があります。自己批判的な思考を持ち、自分自身の意見や行動を反省し、改善することが重要です。自己の盲点に気づくことで、より公正な立場を維持することができます。

以上のポイントを意識しながら正義を追求することで、盲目性を回避し、より公正で客観的な判断を下すことができるでしょう。

ほんとに徐々にね
柔軟な対応ってほんと大事。

認めれる事もね


まだまだ未熟ですなあ。
はあ。

先はまだスタート地点近いもの


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