Silly ( Swan Lake "Returns" part-I )

※五次創作です。二次創作、作品クロスオーバー等が苦手な方は申し訳ございませんが、ご理解の程、宜しくお願い致します。

前回 #3











――。

 巧は己の所属するカルデアの外郭、己とスタッフたちのこれまでの道筋、そしてセラフィックスの異常調査に至るまでの大まかな経緯と、BBの介入について。
 メルトリリスはBBの関与をきっかけに巧を拾おうと判断したこと、そもそもの自分とBBの関係、さらに遡り因縁の基となったSE.RA.PHと、ムーンセルの存在について。

 歩みを進めながら、お互いの持つ情報を共有していた。

「……BBが壊れたコーヒーマシンで、お前はそれで挽いたコーヒーみたいなもんか」
「なんとも大雑把な解釈だけど、近からずも遠からずだから、そういうことにしておいてあげる」
「なっ……苦手なんだよ! エーアイとか、アイシーとか……悪かったな」

 巧、顔を背けふてくされる。一般的に携帯電話とPCの扱いにそれなりに慣れているからといってどういう理屈で動いているのかまで理解できるかというと話は別であり、彼もまたそういう手合いだった。

「別に。ムーンセルもSE.RA.PHもない世界の人間にしては上々よ……問題は、どうしてBBが私たちを切り離したか。これについてはおわかり?」
「? ……自分ひとりじゃ手が回らないからとかじゃねえのかよ」
「馬鹿ね。ムーンセルを限定的にとはいえ掌握できたのよ? 仮に足りないところがあったとしても、自分そのものを複製増産すれば事足りるじゃない」
「……そうだよな」

 第七特異点、無数の黒き侍大将。一瞬のフラッシュバック。

「とはいえ、私たちアルターエゴが存在する以上、その推論は逆説的に間違いでもないのはおわかり?」
「ややこしくなってきたな」
(自分を増やせば足りるはずの状況で敢えて他人を使う理由、か)

 メルトリリスの述べる通りならば、BBは月の巨大演算機“ムーンセル”によって設計され、その裏側を占拠した“上級AI”。“人間を守る”という基本命令にエラーが起こり“人間を管理する”ことをよしとしている。

――最果てに導かれる者は限られている。人の根は腐り落ちるもの、故に私は選び取る。

 人間の庇護、そして管理。かつて巡り会った強敵を想起し、そして連想する――一つの神が人間を“理想の人間”とそれ以外とに選別しようとした、あの特異点。最奥で向かい合ったあの瞬間、煌めく翡翠の瞳――。

――我らは人間によって生み出されたもの。神は人間なくして存在できない。故に彼らを残す。何を犠牲にしても護る。

――悪を成さず、悪に触れても悪を知らず。善に飽きることなく、また善の自覚なきものたち。後世に残すに相応しいこれら清き魂を集め、固定し、資料とする。

――この先、どれほどの時間が積まれようと、永遠に価値の変わらぬものとして、我が槍に収める。

「なんとなく出てきそうだけど……うまくまとまんねえな」
「そう。この話題は追々まとめていきましょう」
「妙に食い下がるな」
「なによ、貴方相手の素性とかどうでもいいの?」
「アルターエゴでBBが嫌いで俺に気まぐれで手を貸してんだろ、俺の名前知ってる理由もわかったし、それでいいじゃねえか。秘密主義にはもう慣れてんだよ」
「そう……」
「……」
「……」

 歩幅は変わらないまま、二人の間に沈黙が訪れる。どれほど歩いただろうか、いつの間にか風景はさらさらと揺蕩う幾本もの流れに彩られていた。アンビリカル・ヘア、かつての油田ケーブル集合帯。

「……なあ」
「なに」

 重い空白を破ったのは、巧のほうであった。

「戦いが始まったら、俺は何してりゃいい。お前の後ろで突っ立ってるだけか」
「そのとおり……と言いたいところだけど」

 眉をしかめるメルトリリスの声は弱弱しい。

「さっきのスズカとのやりあいで確信したわ。私の性能は落ちている」
「? あれでか」
「貴方とは関係ないけれど、少し無理をしてしまったから、きっとそのせいね。いざとなったら躊躇わずに令呪を切ること、いい?」
「わかった……じゃあ、頼むぞ」

 巧が今までの足取りと明後日の方へ駆け出し、メルトリリスが跳躍する。

 直後、先ほどまでの二人の足取りに沿うように飛び出した何かが足場を貫く。毛髪を模したケーブルを掻き分け、突き抜け、縫うように殺到したそれは……。

「――海魔!」
「知っているの!」
「ああ。あんな悪趣味なもんを使うような奴もな!」

「ン、ンフフフフ……フハハハハ!」

 眼窩から剥き出しになった目玉をギョロギョロと動かしながら法悦に震える男。

「ジル・ド・レェ!」
「ホ……おや、おやおや。久しいですねェ、マスター。ささ、どうぞ我が下へ……」

 ローブで首から爪先までを覆ったその男は喜ばしそうに微笑みながら巧を手招きし、

「下手くそな芝居だな、令呪ぐらいごまかしてみろよ」

 ひらひらと左手を振る男の一言で憮然そうに鼻を鳴らした。

「フン。“この私”を見てすぐさま真名を出すその様子、容易く仕留められればとは思ったが……そうとも、貴様のことなど知るものか」
「――タクミ!」
「本だ! アイツはあの魔術書一冊でキャスターやってるような……」
「そう!」

 言い終わらないうちに、メルトの初動は完了していた。脚の猛烈なスイングで遠方まで衝撃を伝播させる……クライム・バレエの一つ“踵の名は魔剣ジゼル”。それを一度だけではなく、何度も、何度も。盤上を旋回しながら残存する海魔の殺到をいなし、あるいは返り討ちにする過程の反復動作で放たれる無数の衝撃波はケーブルの上に陣取っていたキャスターへ飛来し、

「ン甘あぃ!」

 虚空より新たに発生した無数の海魔に遮られ減衰し、その全てが敵へと届く前に消え失せた。

「ヌハハハハ、そこなお嬢様は一対一がお得意なようだが……これはいかがかぁ!?」

 魔術書が毒々しい輝きを放ち、電子の海に際限なく魔を噴きあげる。
 涜聖の魔術師は長髪の青年が追い詰められ後ずさる様子に愉悦のこもったため息を漏らし、刹那、目を見張った。

(女がいない)

 左を見、右を見、存在の空白を確信する。咄嗟に青年を、その左手甲を凝視し――ジル・ド・レェは魔術書を介し己の周囲に壁を生成せんと

「遅い!」

 鋭利な切っ先が召喚されかけた海魔を食い破る。衝撃を殺しきれない。左肘に突き刺さる。

「ギ、ィィィィィヤァァァァァ!!!」

 速度と高度の乗ったその一撃は容易く関節を撥ね飛ばし、腕もろともに魔術書が宙を舞う。

「――ヴァリアシオン・パラディオン」

 反動を使い宙がえり。片脚で着地し、もう片脚は回転の勢いのまま追撃の“魔剣ジゼル”。斬撃は書を求め空を泳ぐ右腕を断ち落とす。

(――らしくないわよ、メルトリリス!)

 表情は嘲笑を崩さず、内心で敵に、そして己に毒づく。
 初撃のジゼルは相手に防がせ“対軍として切れるカードの不在”を誤認させるための見せ札。本命はそれに対する防御で相手の視野が狭まった瞬間を狙う“令呪を消費した全力跳躍”。目配せ一つで対応した巧にメルトリリスは称賛を送らない。自分のマスターならば、できて当たり前。

 だからこそ、本命のみならず追撃までも急所を外し、両腕を潰すにとどまった己の不実を深く恥じ、その“劣化”に憂いを抱いた。だが、

(……いいえ、それだけじゃない)

 己のみに起因しない違和感もまた一つ。本命の一撃も、それを起点にした追撃も、己の技量不足は回避される“余地”を生んだが、並大抵の英霊では反応すらできない速度、必殺の一撃だったことに変わりはない。にもかかわらず、それらは“知覚からではない直感的動作”によって回避された。まるで……

「グ、ググ……ククッ、ククククククククククク!」

 足場へと転がり落ちたキャスターの痛みをこらえるような重い声が次第に笑気を帯びていく。

「グヒャハハハハ、ヒャハーーーーーァッ! 遅い? 否、否、否否否否イナイナイナァ!」

 キャスターは顔面目掛け突き出された膝をかわす勢いで大きく背を反らし、天を仰ぐ。
 天。引きちぎれ宙を舞った両腕と彼の盟友より送られし呪われた魔術書が、真上より弧を描き落下しつつあった。

「手遅れなものか、遅すぎるものか、間に合わぬものかァ! 我が野望、我が悲願、我が、我が、我が……愛しき夢よ!」

 飛び越して振り向いたメルトリリスの視線の先でキャスターのローブの隙間から飛び出したそれは、”痩せぎすの男には似合わない、しなやかさと頑健さを両立させたような艶やかな白い腕”。

――枯れ細った両腕とその先に未だ握られた魔術書が、がっしと掴まれた。

「クク、ククク……匹夫どもめ、滅ぼしてくれる」

 魔術書が毒々しい輝きを取り戻し、それに呼応するようにキャスターの両腕が水音を立てながらあるべき場所へと接合していく。

「ジル、お前まさか……」
「魔力の一片たりとも残さず咀嚼して、下賤な愚図どもに価値をくれてやろう! この歪な紛い物のようにナァ!」

 かきむしるように引き裂かれたローブから現れたのは、縫い留められたように生えた、女の上半身。

 その女……巧は彼女を知っている――オルレアンで出逢い、共に歩み己を導いた、清き乙女。天啓を抱き神の使途として戦い抜いた、フランスの英雄。

「ジャンヌ、ダルク……!」
「グヒャ、ウヒャ、ハハハハハ!!!」

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